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憲昭からの発信

憲昭からの発信 − 論文・対談

株主利益優先の大銀行に変容させた公的資金投入

●国民にツケを回すシステムは、いかに形成されたか
 10年来の国会論戦を検証する

『前衛』2009年2月号
佐々木憲昭(衆議院議員)


はじめに―問われる金融のあり方

 アメリカ発の金融危機が日本経済を直撃し、実体経済が深刻な落ち込みを示しています。日本共産党は、労働者や下請企業にしわ寄せを押しつけている大企業にたいして、「ツケを国民に回すな」と各地でたたかいをくり広げています。
 先の臨時国会(2008年9月24日〜12月25日)では、金融機能強化法案が焦点のひとつとなりました。法案のねらいについて、政府は、世界的な金融市場の混乱のもとで、銀行に中小企業への貸し出しを促すためと説明しました。その手段として提案されたのが、「公的資金による銀行への資本注入」でした。
(注)資本注入の資金は、まず預金保険機構が「政府保証」によって調達し、最終的な損失が出たときは、国民が税金で負担する仕組みです。具体的に言うと、銀行が発行している株式を購入するかたちで資本注入し、後にその保有している株式を市場で販売したときに損失が出た場合には、財政で負担するというものです。

 日本共産党は、国際的な金融危機のもとで、投機的な資金運用に乗り出し自己資本を毀損した日本の金融機関を、公的資金を使って応援することに反対しました。資本注入が貸し渋り対策につながる保障はなく、求められるのは自己の利益のみを優先させる金融機関の姿勢を正すことであり、中小企業を直接支援することだと主張しました。
 銀行に対する公的資金の投入問題は、この10年来の国会論戦で大きな焦点になってきたテーマです。乱脈経営で破綻したり、資本を毀損した銀行に対して、その経営に何の責任もない国民が、なぜ負担しなければならないのか。これが批判のポイントでした。同時に重視しなければならないのは、この公的資金投入を契機に、政府が、銀行に「経営健全化計画」などの計画を出させ、銀行の体質を変えるように誘導してきたことです。そのうえ政府は、過去の損失で穴埋めするかたちで法人税を減税できる仕組みを用意し、3大メガバンク6大銀行が、この7年間で法人税を1円も払わない状態をつくりました。
 このような政府による至れり尽くせりの支援のもとで、大銀行は「利益のあがる体質」づくりに邁進するようになり、「株主の利益」を最優先する一方、利用者をないがしろにする体質へと変容をとげてきました。具体的には、大量の人減らし・リストラを推進し、支店を縮小・廃止して「コスト削減」を実行し、労働者にしわ寄せしただけでなく、利用者に対するサービスの切り捨てをおこないました。また、貸し出し先を選別・差別したり、貸し渋り・貸しはがしを加速させ、中小企業・地域経済にしわ寄せを広げました。また、本業以外の手数料収入を増加させ、新しい金融派生商品などでの資金運用を増やしてきました。今度の金融危機は、そのような危なっかしい運用に傾斜してきた金融機関を直撃しました。この間、大手金融機関を中心とする経営体質に大きな変化が起こり、大銀行を中心とする金融機関の再編が進みました。
 本稿では、大手金融機関をこのように変容させるに至るひとつの契機となった公的資金投入策がどのようにして導入されたか、それがどのように発動されたかに絞って、問題点を明らかにするものです。
(注)金融市場などで調達される民間資金に対し、政府部門から拠出される資金のことを一般的に「公的資金」と呼んでおり、「政府保証」を付け公的機関が民間から資金調達をする場合も含まれます。銀行に対する「公的資金の投入」とは、最終的に財政負担につながる可能性のある預金保険機構を通じた支援を意味しており、「税金投入」とほぼ同じ意味で使われます。

一、公的資金投入の仕組みはどのようにしてつくられたか

 本来、銀行業界の「自己責任・自己負担」が原則
 1990年代前半までは、金融機関の破綻処理について政府は、「銀行業界の自己負担で対応することを原則」とする方針を掲げてきました。たとえば、金融制度調査会(大蔵大臣の諮問機関)に設置された金融システム安定化委員会が、1995年9月27日に出した「審議経過報告」は、次のように述べています。
 「本来、金融機関の破綻処理は預金保険の発動等の公的な手段を含め、金融システム内の処理と負担によりおこなわれることが大原則であり、納税者に負担を求めることについては、慎重な検討が必要である。事実欧米諸国においても基本的には同様の対応がとられている」。
(注)このとき政府は、〜澗里箸靴読堽漂銚額に対し十分な償却財源があること、▲▲瓮螢でもS&L(貯蓄貸付組合)以外の金融機関の破綻処理については金融システム内の処理で対処したことをあげていました。

 このように、銀行の破綻処理は本来、銀行業界の共同責任でおこなうぺきものであり、必要な資金は銀行業界全体の負担でまかなうのが大原則だという立場を明確にとっていたのです。そのため橋本龍太郎総理(当時)も「金融機関の破綻処理は金融システム内の負担によりまかなわれることが原則」(96年5月21日)と答弁していました。
 しかし、このとき出された「報告」には、その大原則をゆがめる内容も同時に盛り込まれていたのです。

 公的資金の時限的導入を「検討課題」に
 もともと、金融機関の破綻処理のために「公的資金の使用」を検討するよう指示を出したのは、1995年6月27日の緊急経済閣僚懇談会でした。ここから大原則を骨抜きにする作戦がスタートしたのです。その閣僚懇で決められた「緊急円高・経済対策の具体化・補強を図るための諸施策」のなかに、「金融機関の破綻処理等については、公的資金など公的な関与のあり方を含めて、直ちに検討を開始する。このため、金融制度調査会に『金融システム安定化委員会』を設置する」と書かれていました。その後、95年9月27日に、金融システム安定化委員会から提出された「審議経過報告」は、内閣の意向を受けて次のように述べています。
 「金融機関の破綻処理については、まず、金融機関の自助努力、最大限の保険料引き上げを含む預金保険の発動等金融システム内での最大限の対応により、破綻処理に対処しうるかどうかの検討が求められる。その上で、これらの措置が講じられた後にもなお、今後概ね5年程度の間において、金融機関は清算・消滅させるが預念者に破綻処理費用を直接負担させることを避ける必要のあるような場合には、公的資金の時限的な導入も検討課題となろう」。
 このように、いくつかの前提を置きながらも政府の意向にそって「公的資金の導入」を「検討課題」のレールに乗せたのです。これが、その後の大規模な公的資金投入につながる最初の一歩となりました。この「報告」が出ると同時に、大蔵省は「金融機関の不良債権の早期処理について」という文書を出し、「公的資金の時限的な導入も含めた公的な関与のあり方について、金融システム内での最大限の対応等を踏まえつつ、検討を進める」としたのです。
(注)この「報告」では、銀行の破綻処理だけでなく「金融機関が破綻に陥る以前の段階にあっても、不良債権処理の遅れがわが国金融システム全体に著しい悪影響を及ぼすこととなる場合には、公的資金の導入も含めて早期に問題の解決を図ることもやむを得ないとの意見がある」と書き、破綻前の段階でも銀行への公的資金導入を検討することを示唆していました。

 ただしこの時点では、国民の反発も強かったため、「公的資金」を使う場合があったとしても、それは金融の危機的な状況に対応するための臨時的・緊急的な措置であり、その対象も限定的なものだと説明していました。
(注)たとえば、西村銀行局長(当時)は、第一に金融機関が最大限努力し、第二に日銀がつなぎ融資をしたうえで、それでもまだ足りないような場合とか、あるいは「放置しておいた場合に経済的にはかり知れない影響を与えるような場合に限って、かつ時限的な措置としてこのようなことをお願いす る」と説明していました(96年5月28日の答弁)。

 信用組合・住専への税金投入
 金融機関への公的資金の最初の投入は、信用組合でした。バブル崩壊の後、1995年3月に、東京協和信組、安全信組が経営破綻し、同年7月〜8月には、コスモ信用組合、木津信用組合、兵庫銀行、大阪信用組合が相次いで破綻するなど、金融不安が広がりました。そこで浮かび上がった公的資金の最初の投入対象が、信用組合でした。
 そのとき、西村銀行局長(当時)は、「信組以外には入れない」と述べていました。「通常の金融機関につきましては、預金保険制度というようなものを含む金融システム内の負担によって対応すべきもの」だが、「信用組合につきましては、なかなかそういうことだけでは対応しきれない」とのべ、信用組合だけは特別例外であると答弁しました(96年5月28日、衆議院金融問題特別委員会)。
 同時に、住専(住宅金融専門会社)への公的資金投入も付け加わりました。住専は、預金者保護を要しないノンバンクで、そこに財政資金を直接投入することは、極めて異例でした。
(注)1995年12月22日の金融制度審議会答申「金融システム安定化のための諸施策」では、「臨時異例の措置として、信用組合の破綻処理及び住専問題の処理方針において、金融システムないしは当事者間における最大限の努力を前提としつつ、一定の条件の下に公的資金を導入する」と述べています。この答申では、信用組合の破綻処理と住専処理のために公的資金を使うのは、「時限的かつ臨時異例の施策」であることを繰り返し述べています。

 1994年から95年にかけて土地・住宅価格が急落し、住専の損失総額は6兆円以上にふくらみました。そのため政府は、この住専と親密な関係にあった大手銀行や地銀、農林系金融機関に債権放棄を求めましたが、「損失を埋めきれない」という理由で6850億円の公的資金を投入することを決めました。このとき、国民の怒りは全国に広がりました。
 日本共産党は、母体行(住専を実質的に支配している大手銀行)の責任をあいまいにするもので「乱脈経営のツケを国民に回すのは許せない」と主張し、この税金投入に反対しました。党は、最後まで「母体行の責任による解決」という道理ある解決方向を強調し、国会の内外でたたかいました。1996年のこの通常国会は、後に「住専国会」と呼ばれるようになりました。

 預金保険法の改悪で銀行業界救済に道ひらく
 公的資金を投入するさい、それを執行・管理する役割を果たすようになったのが預金保険機構です。その機能にも、当初にない質的な変化が起こりました。
 預金保険法が成立したのは1971年4月で、同年7月に政府・日本銀行・民間金融機関の出資によって預金保険機構が設立されました。預金保険機構の本来の目的は、大蔵省が法案の趣旨説明で「一般大衆預金者の保護」とのべているように、「預金者保護」が第一義的な課題でした。ところが、1996年の預金保険法の改正で、「預金者保護」から「銀行業界救済」へと大きな変化が起こりました。
 ひとつは、破綻した金融機関の処理にあたって、その費用を資金援助できる上限が無制限に拡大されたことです。それまでは、資金援助できるのは「ペイオフコスト内」という上限がありました。96年の改正で、その制限を取り払い、破綻金融機関への資金援助を無制限に行うことができるようにしたのです。
(注)「ペイオフ」は、金融機関が破綻して預金の払い戻しを停止したとき、預金保険機構が預金者に対して保険金を払う制度です。当時、その上限は1000万円でした。「ペイオフコスト」とは、その支払総額のことです。「ペイオフの凍結」(1996年4月〜2005年3月)で預金が全額保護されたと言われますが、それは本来、銀行業界の負担でおこなわれるべきものです。このときの預金保険法の改正は、破綻金融機関処理の巨額の費用を公的資金でまかない銀行の負担を軽減することにねらいがあり、預金者保護というのはその結果にすぎません。

 ふたつは、破綻した金融機関の不良債権を、すべて預金保険機構が直接買い取ることができるようにしたことです。金融機関が破綻したとき、預金と正常な債権はそれを引き継ぐ別の銀行に譲渡されますが、引き取られなかった回収不能の不良債権については、預金保険機構が資金を出して整理回収銀行に持っていくことができるようにしました。
 金融機関の側からみれば、このスキームを使うことによって破綻信組の不良債権を分離し、優良資産だけを分け取りすることができます。そのため、当時のマスコミも「『破たん信組の問題債権を集中して塩漬けにする。廃棄物処理場化だ』との異論が聞こえてくる」(95年12月17日付「日経」)と書きました。
(注)東京都の2信組(東京協和信組、安全信組)の破綻処理のために設立されたのが東京共同銀行でしたが、その後、整理回収銀行=RCBに改組されました。

 これらふたつの方針転換によって、破綻銀行にたいする資金援助の規模が、事実上、青天井になったのです。本来なら、これらのコストは、預金保険料を適切に引き上げたり日銀から融資を受けるなどして、銀行業界全体の自己責任・自己負担(金融システム内の処理と負担)で対応すべきものです。しかし、上限を取り払って巨額の資金援助ができるようにし、そのうえ、その資金を公的資金の投入で支えるという仕組みがつくられたのです。
(注)ペイオフコストを超える資金援助を可能とするため5年間の時限措置として「一般金融機関特別勘定」をつくり、さらに信用組合だけを別勘定とする「信用協同組合特別勘定」をつくりました。そのうえで、/用組合特別勘定の不足が生じた場合、機構は日銀もしくは民間金融機関から借り入れを行う。∪府は、国会の議決を得た範囲でこの借り入れの債務保証を行う。2001年3月31日をもって特別勘定を廃止する際に累積欠損があれば、一般金融機関特別勘定の残余の責任準備金で穴埋めをし、それで足りない場合、政府が債務保証を履行するかたちで財政資金を投入するという仕組みでした。

 このように、1996年の預金保険法をはじめとする金融関連6法の改正は、預金保険機構の役割を「預金者保護」から「銀行業界救済」へと変質させるものとなりました。

二、本格的な公的資金投入スキームの形成と発動

 1997年に入ると、金融不安は一段と深刻度を増しました。11月には、北海道拓殖銀行、徳陽シティ銀行、山一證券、三洋証券が次々と経営破綻し、金融システムに激震が走りました。この事態を受け、橋本内閣総理大臣は11月25日「金融システムの混乱を回避するために全力をあげる」とのべ、銀行への公的資金投入を本格的に検討することを明らかにしました。これは、住専国会のときに政府が公約した「信用組合以外の一般金融機関の破綻処理は、金融システム内の負担で対応する」という方針を、乱暴に踏みにじるものでした。

 「信組以外の金融機関」にも投入対象をひろげる
 1998年の1月からはじまった通常国会(142回国会)には、総額30兆円にのぼる公的資金を銀行に投入する「預金保険法改正案」(17兆円)および「金融機能安定化のための緊急措置に関する法律」(13兆円)の二つの法案、さらにそれに関連する補正予算案が、本予算審議に先立って提案され審議されました。
(注)政府は、「金融システム内の負担で対応する」ことについて、「別の言い方をするならば、預金保険料によって対処すると、こういう考え方に立っている」(96年6月13日、西村銀行局長 参議院金融特別委)と答弁し、預金保険機構の財源不足への対応として、遅くとも98年度末までに特別保険料率の見直しを行うこと(政令事項)にしていました。しかし橋本内閣は、その約束を反故にし、98年の通常国会が始まる時点では、預金保険料率の見直しも銀行業界負担も検討せず、公的資金投入を強行する態度をとりました。

 そのうちの「預金保険法改正案」は、金融機関破綻処理に公的資金17兆円を投入するというものでした(国債の交付7兆円、政府保証10兆円)。それまでは、預金保険機構の「一般金融機関特別勘定」は、責任準備金がマイナスになっても、日銀・民間金融機関からの借り入れで資金を確保し、将来の保険料収入でそれを返済することになっていました。他方、「信用組合特別勘定」の責任準備金がマイナスとなった場合には、日銀や民間金融機関からの借り入れに対し政府保証をつけるかたちで「公的資金」を投入するものになっていました。したがって、信組以外の一般金融機関に公的資金は入らない仕組みになっていたのです。
 は、預金保険機構の勘定がどのようにつくられたか、公的資金がどのように投入されたか、その推移を示しています。図でも明らかなように1998年の通常国会に提案された預金保険法改正案では、この特別勘定の一般金融機関と信用組合の区分を廃止し、すべての金融機関を対象とする「特例業務勘定」に一本化するという仕組みにしたのです。このことによって、税金投入の対象を一般金融機関にまで拡大してしまいました。これは、本来、銀行が責任を持つべき破綻処理・不良債権処理の費用を国民に肩代わりさせるもので、きわめて重大な方向転換でした。
 日本共産党はこの法案に厳しく反対し、委員会や本会議の質疑等で、繰り返し次のように主張しました。――「金融機関が拠出する預金保険料で破綻処理費用をまかない、その財源が枯渇したなら、当面必要な資金を日銀や民間金融機関から借り入れて資金繰りを確保し、将来の預金保険料収入で計画的に返済すればよいのであって、税金で財源の穴埋めをする必要はまったくない」と。
資料はこちら→

 経営が困難でない銀行の「自己資本増強」にも公的資金を注入
 1998年の通常国会に提案されたもうひとつの法案は「金融機能安定化のための緊急措置に関する法律案」(安定化法)で、預金保険機構のなかに「金融危機管理勘定」を設け、13兆円の公的資金を投入するものでした(国債の交付3兆円、政府保証10兆円)。すなわち、金融機関が発行する優先株などを引き受け自己資本を増強させる仕組みでした。これは預金音保護とはまったく関係なく、経営が困難でない大銀行までも公的資金で支援するものです。
(注)財政上の措置としては、〕其睚欷欝々修法峩睛惨躓ヾ浜勘定」を設け、機構がおこなった借入金または債券発行にかかわる債務(予算で10兆円)について政府保証をおこなうこと、機構の「金融危機管理勘定」に「基金」を設け、3兆円の国債を交付すること(交付国債)としています。交付国債は、普通債とは性格が異なり、交付を受けた機関の償還要求を受けて現金化される要求払い型の国債です。

 これは、「破綻処理の費用は基本的に金融システムの枠内で解決を図る」という政府方針の大転換をはかるものであり、預金者保護を目的とした預金保険機構を公的資金投入ルートに根本的に変質させるものでもありました。
(注)法案では、「健全」金融機関の優先株を引き受ける条件として、ゞ睛撒ヾ悗瞭盂阿龍睛算埔譴砲ける資金調達がきわめて困難な状況に至るなど、わが国の金融の機能に著しい障害が生じる事態、金融機関の連鎖的な破綻を発生させる等によって、これらの金融機関の地域や分野における経済活動に著しい障害が生じる事態、をあげています。しかしそれは、金融機関をとりまく事態がそうだということであって、対象となる金融機関が必ずしも深刻な事態にあることを意味するものではありません。逆に、「安定化法」は、優先株引き受けの審査基準のひとつに、その金融機関が将来破綻する蓋然性が高くないことをあげています。したがって、この法律の対象となる金融機関は、「健全」な大銀行から、当面破綻には至らないが経営に問題のある銀行まで、きわめて幅広いものとなりました。

 1998年の通常国会で成立した「預金保険法改正」と「安定化法」によって、金融機関の破綻処理に必要な資金だけでなく金融機関の自己資本増強に必要な資金まで、「金融システム」の外側で、あらかじめ十分な公的資金が用意されることになりました。そのため、これらの費用がいくらかかっても、金融システムの内部(預金保険の枠内)で努力して財源を調達しようとするインセンティブがまったく働かなくなりました。関連する個別金融機関の負担どころか、預金保険料の引き上げによる銀行業界全体の負担もまぬがれることになったのです。じっさい、1998年末までに預金保険料を見直すことになっていたにもかかわらず、当時の大蔵省は「引き上げない」ことを決めたのです。
 銀行は、いくら乱脈経営を行っても自分にツケが回ってくる心配もなくなりました。自己資本が不足すればいつでも公的資金が注入されるということになり、完全にモラルハザードのシステムとなりました。

 公的資金投入に反対しつつ日本共産党が独自の提案
 1998年7月30日から10月16日まで聞かれた第143臨時国会は、後に「金融国会」と呼ばれたように、金融関連法案をめぐって激しい攻防が展開されることとなりました。
(注)「金融国会」での論戦の特徴と成立した金融関連法の内容については、拙稿「金融関連法の全貌を解明する」(『前衛』1998年12月号)、その後の公的資金投入の上積み立法については「金融不安消滅後も大銀行あまやかす森内閣」(『前衛』2000年6月号)などを参照していただければ幸いです。

 日本共産党は、8月27日に「金融機関の不良債権及び破綻処理についての日本共産党の見解」を発表し、9月4日の本会議質問で次のような立場を明らかにしました。――「もっとも基本的な立場は、金融機関の不良債権処理あるいは金融機関の破綻処理に、いかなるかたちであれ国民の血税を使ってはならず、それは、金融業界の自己責任・自己負担によってなされるべきであるということであります。金融機関の不良債権や破綻は、バブルに踊った個々の金融機関と金融業界の責任であって、国民には何の責任もありません。国民の負担で不良債権や銀行の破綻を処理するとなれば、銀行や銀行業界は限りなくそれに依存することになります。金融機関の自己責任・自己負担の原則を貫いてこそ、必要な費用を最小限に抑え、金融システムの本当の意昧での安定と信頼を回復できると考えるものです。……政府の役割は、金融機関への検査・監視・指導に限定されるべきです」。
 日本共産党は、税金投入による銀行支援に正面から反対するとともに、党独自で「金融機能正常化法案」を提案してたたかいました。
(注)当時、日本共産党は衆議院では26名の議員がいましたが、予算をともなう議案提案権(51議席以上)はありませんでした。そのため予算関連部分を除いた法案として提案しました。しかし参議院では、党が躍進した結果、予算をともなう議案提案権(21議席以上)がありましたので、金融機能正常化法案など関連4法案を予算をともなう法案として提出することができたのです。

 日本共産党の法案は、銀行の自己負担・自己責任原則を貫き、預金保険料の引き上げによって預金保険機構の財源の手当を行うこと、投機的な不良債権の実態を開示すること、金融監督委員会を設置することなどを盛り込んだものでした。これは、真に国民の立場に立った金融システムの安定化と信頼回復をはかろうとする提案でした。
 この法案は、自民、民主、平和改革3会派提出の金融再生法と同時に審議され、税金を使った野放図な銀行支援か、それとも銀行業界の自己責任・自己負担の確立かという対抗軸を鮮明にするものでした。

 「金融国会」で公的資金投入粋が30兆円から60兆円に拡大
 日本共産党の反対を押し切って、「金融国会」で成立した中心的な法律は、金融機能再生緊急措置法(再生法)と金融機能早期健全化緊急措置法(健全化法)でした。その予算措置として第二次補正予算が用意され巨額の予算枠が組まれました。その特徴は次の通りです。
(注)「再生法」など8法案は、1998年9月18日に行われた5党の党首会談で「合意」をみた自民党、民主党、平和・改革の3党間の2週間に及ぶ協議(密室協議)で提案されたものでした。その問、論戦の舞台となった正規の金融安定化特別委員会・理事会では実質的な協議がおこなわれず、その構成員である自由、共産、社民の3党は、協議から除外され、国会は蚊帳の外に置かれました。

 一つは、長期信用銀行(長銀)への大規模な税金投入を可能にしたことです。国が長銀の全株式を買い取って一時的に国有化し、国の丸抱えで運転資金も出す、業務上の損失補填もおこなう、さらに不良債権の買い取りもおこなうというものです。
 「再生法」では、破綻認定なしでも長銀を「特別公的管理」のもとに置き、税金で身ぎれいにした上で、他の銀行に株式譲渡、営業譲渡などによって売り渡し、受け皿となった銀行に対しても資本注入できるようにしました。この法律の成立直後、98年10月23日、長銀は「特別公的管理」を申請し、小渕内閣はただちに「破綻した銀行」として国有化することを決定しました。こうして、国が破綻処理の責任をすべて負い、損失補填や不良債権処理などに莫大な国民の税金を投入する結果を招いたのです。
 重大なのは、このときの国会審議のなかで、大蔵省も金融監督庁も「長銀は破綻していない」と繰り返し答弁してきたことです。そのため98年3月には、長銀は「健全銀行」だとして、1766億円もの公的資金を投入しました。それが、半年もたたないうちに、一転して「公的資金を入れなければ破綻する」「金融システムが危うくなる」といい始め、法律が成立したとたんに「破綻していた」などというのでは、誰が見ても理屈が通るものではありません。
(注)長銀(現新生銀行)には、総額8兆円近い公的資金を投入(そのうち3兆円が最終的な国民負担)して、身ぎれいな「健康体」に戻し、リップルウッド・ホールディングス(現RHJインターナショナル)に、わずか10億円で売却されました。そのうえ、「瑕疵担保条項」が付けられ、将来、長銀が保有する債権が不良債権化したとき、国が無条件で引き取ることになりました。この条項は、リップルウッドが「この条項がなければ買わない」と主張し、政府にのませたものでした。その結果、発生する利益はすべてリップルウッドに帰属することとなり、国は、新たに8800億円もの税金を投入するなど、国民にツケが回されることとなったのです。そのうえ、2004年にリップルウッドは、新生銀行を再び上場させ2200億円以上の利益を上げました。リップルウッドが再上場までに投じた資金は1200億円強といわれます。その利益は1000億円にものぼり、日本にまったく税金を払わずに利益を持ち帰りました(神谷秀樹『強欲資本主義ウォール街の自爆』138〜139、179ページ参照)。

 二つは、「健全な銀行」からの不良債権の買い取りを可能にしたことです。それまでは、銀行が破綻した後、破綻処理のひとつの方策として不良債権を買い取るということはありました。しかし、破綻前の銀行から不良債権を買い取るという仕組みはいっさいありませんでした。ところが、「再生法」では、すべての銀行から整理回収機構が不良債権を買い取ることが可能となったのです。
 三つ目は、「健全化法」で、公的資金による「資本注入」つまり銀行の株式などを購入して銀行の資本増強をはかってやるという支援が、どんな銀行に対してもできるようになったことです。それまでの金融安定化法では、「破線の蓋然性の高い銀行」つまり破綻しそうな銀行にたいしては資本注入ができないことになっていました。ところが「健全化法」では、「その他とくに必要と認められる場合」と書き、どこにでも注入できるようにしたのです。
 四つ目は、公的資金の規模が空前の規模にふくれあがったことです。および表1(預金保険機構の勘定と目的)に見るように、このとき制定された法律で、預金保険機構のなかに三つの勘定を置くことになりました。一つは「再生法」でつくられた「金融再生勘定」で18兆円、二つ目は「健全化法」でつくられた「早期健全化勘定」で、従来の金融安定化法の13兆円が25兆円に増額されました。三つ目は、「特例業務勘定」で17兆円です。――このように、勘定がそれまでの二つから三つに増え、金額も30兆円から60兆円にふくれあがったのです。
資料はこちら→表1

 「システミックリスク」を理由にした公的資金投入論の破綻
 公的資金投入を合理化するため、政府はさかんに公的資金を入れないと「システミックリスク」(決済機能全般が機能不全に陥る危険性)が発生すると説明しました。たとえば、宮沢大蔵大臣は、長銀に公的資金を入れて他の金融機関との合併を支援しないとシステミックリスクを招くと答弁していました。システミックリスクが直面しております危険というのは、やはり国民のお金を拝借するということでないと処理できないと判断した」(98年8月31日)と述べています。
 ほんとうにそうなのか。私は、1998年9月、この点を取り上げて質問しました。
 日銀は、システミックリスクについて「金融機関相互問の網の目の与信・受信関係を通じて、一金融機関の債務不履行が次々と連鎖的に他の金融機関の債務不履行を誘発し、金融システムが混乱に陥るリスク」と説明しています。では、最初の「金融機関の債務不履行」というのは、どのような状況のもとで発生するのでしょうか。日銀によれば、ゞ箙圓債務超過に陥った場合、当該銀行の信任が低下し資金ショートが起こった場合、コンピュータ・ダウン、事務ミスなどによって支払い遅延が起こった場合。この三つを上げています(『日銀月報』92年12月号)。
 日銀の説明では、債務超過に陥っていない金融機関は、最終的に債務不履行にはなりません。しかし、その場合でも、風評による株価の下落、預金取り付けなどによって資金ショートは起こりえます。
 当時「長銀は債務超過になっていない」というのが、政府答弁でした。そこで、私は日銀総裁に「債務超過でない銀行が、仮に資金ショートがあった場合、それを防ぐことができるか」と聞きました(1998年9月4日)。この質問に対して、日銀総裁は「必ずしも政府の資金でなくても、例えば日銀特融という形で一時的な資金補給をすることができる」と答弁しました。結局、「国民のお金を拝借」しなければ対応できないという宮沢大蔵大臣の答弁は、まやかしだということが明らかになったのです。

 新たな公的資金投入の上積みで70兆円の枠に
 2000年4月におこなわれた預金保険法の改正は、公的資金投入の規模を60兆円から70兆円に拡大し、それを恒久化するものでした。先に見た60兆円の枠組みは、2001年3月までの「緊急措置」としてつくられていました。これを預金の全額保護を2002年3月まで1年間延長する(ペイオフ繰り延べ)ことを理由に、銀行への公的資金投入の枠組みをこの期間延長するというものでした。
 具体的には、長銀や日債銀などの破綻処理で資金が底をついてしまうという理由で、預金保険法の改正がおこなわれました。預金保険機構に交付する国債7兆円枠を6兆円も上積みし13兆円枠に増額する一方、これとは別に、予算措置で預金保険機構の一般勘定借入に4兆円の政府保証を追加しました。こうして合わせて新たに10兆円を上積みし、それまでの60兆円の枠は70兆円にふくれあがったのです。
 このような経過を見ると、従来の政府答弁を次々とくつがえし、国民負担を増やすことを繰り返してきたことがわかります。

 アメリカの圧力で銀行への公的資金投入が繰り返された
 さらに重要なのは、銀行への公的資金投入が繰り返しおこなわれてきた背景にアメリカの圧力があったことです。
 たとえば、三洋証券や北海道拓殖銀行が相次ぎ破綻した1997年11月、来日していたサマーズ米財務副長官は、「日本の金融不安の解消に向け、公的資金注入を検討すべきだ」と発言し、日本に資本注入を促しました。この圧力に屈したかのように、日本は同年3月、大手行に1.8兆円の資本を注入し、さらに日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が国有化されるなか、大手行に7.5兆円の資本注入をおこないました。さらに1999年には、金融再生委員長への書簡や講演を通じて執拗に追加的資本注入を求めました。
 1998年9月におこなわれた日米首脳会談で、クリントン米大統領が「日本の金融当局が存続可能な銀行を十分な額の公的支援によって支援すべきだ」「破綻前の公的資金投入を」という異例の要請をおこなったのをはじめ、G7(7カ国首脳会議)などでも日本政府に対する圧力が強められました。
(注)佐々木憲昭「国連総会および日米首脳会談に対する本会議質問」(1998年9月24日、衆議院本会議議事録)、佐伯啓思「世界はきっともっと大きな金融危機を起こす」(『WEDGE』2008年12月号)、「日本への圧力忘れ去った米国 資本注入対応 一〇年後“逆転”」(「FujiSankei Business i」http://www.business‐i.jp/print/article/200810180102a.nwc)など参照。

 47兆円の公的資金が投入され、10兆円が国民負担となった
 で見たように、日本の公的資金投入は、預金保険機構を通じて実行されてきました。機構が設立された当初は、勘定は一般勘定のみでした。しかし、1996年以降次第に増加し、消滅した勘定も含めこれまでに13の勘定がつくられました。現在、存続しているのは、一般勘定、危機対応勘定、早期健全化勘定、金融機能強化勘定、金融再生勘定、産業再生勘定、住専勘定、および被害回復分配金支払勘定の8つの勘定です。
 これまでに、公的資金は総額いくら入ったのでしょうか。表2をみて分かるように、預金保険機構において2008年3月末までに投入された公的資金は、第一に、破綻処理の一環として預金者保護のために破綻金融機関の受け皿金融機関に対して金銭贈与をおこなったのが18兆6111億円。また、破綻金融機関等から不良債権の買い取りで9兆7759億円。さらに、存続している金融機関に対する資本注入が12兆4274億円。その他、特別公的管理銀行に特有な処理等で5兆9893億円。――これら、金銭贈与、資産買い取り、資本増強などを合計すると、46兆8037億円という数字になります。
 金銭贈与のうち、ペイオフコストを超える部分に用いられた交付国債の償還額10兆4326億円については、すでに国民負担として確定しています。
資料はこちら→表2

むすび

 これら空前の規模の公的資金投入は、銀行の経営失敗のツケを国民に回すものであり、容認することはできません。いま、緊急に求められているのは、資本注入などの銀行支援ではなく、自己の利益のみを最優先する銀行の不当な貸し出し姿勢をただすことです。銀行の体質をアメリカ並みの「株主優先主義」「利益至上主義」に変容させてきた政策を、根本的に見直さなければなりません。
 金融危機と景気悪化から国民生活をまもるため、いま、政府が緊急にやるべきことは、次々と強行されている大企業の「派遣切り」など不当な解雇にストップをかけ、雇用を守ることです。首切りを競いあい、退職を強要するなどという事態に歯止めをかけなければなりません。下請中小企業にたいする親企業の一方的な単価切り下げや仕事減らしを規制すべきです。
 麻生内閣が、かつてない世界金融危機のもとで「生活対策を優先」と口では言いながら、国民が安心できる具体策を何もとっていないことが問題です。多くの国民が、麻生総理と自公政権の政権担当能力そのものに大いなる疑問をなげかけており、国民の政治にたいする怒りは、かつてなく広がっています。麻生総理がいまやるべきことは、すみやかに衆議院を解散し、主権者国民の審判をあおぐことです。

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