憲昭からの発信
憲昭からの発信 − 論文・対談
対談 アメリカの対日要求と日本資本主義
『経済』2007年7月号
萩原伸次郎 はぎわら・しんじろう（横浜国立大学教授）
佐々木憲昭 ささき・けんしよう（日本共産党衆院議員）
編集部 今回、対談をお願いしたお二人は、昨年、日米関係に関する著書を出版しました。萩原伸次郎著『ワシントン発の経済「改革」』と、佐々木憲昭編著『変貌する財界 日本経団連の分析』（ともに新日本出版社刊）です。９０年代以降、日本企業の本格的な多国籍化かすすむなか、アメリカの対日要求と大企業・財界の経済戦略との関係の深まりについて、歴史的な経過を振り返りながら、お話をお願いいたします。
〔１〕９０年代−−日米経済関係はどう変わったか
●９０年代の経済構造の変化と政財界
編集部 まず自己紹介もかねて、お二人の著書について、一言ご感想をいただけますか。
萩原 佐々木さんたちの本の第２章が「日米経済関係はどう変わったか」になっています。私の本でも触れましたが、今日をみる上で、９０年代の日米経済関係がどう変わったかが、非常に重要な点だと思います。
佐々木さんのご本の中で私がとくに注目したのは、「鉄のトライアングル」と言われる従来の政・財・官の政治支配のシステムを、橋本改革から小泉構造改革へ展開する中で、大きく舵を切った転換が、リアルに描かれていたことです。それを通して官主導、族議員主導の政治から、日本の財界主導の政治へという変化が明確になってくる。そのとき、アメリカと日本の関係の構造的変化と、財界の意に沿うように政党の通信簿をつけて、企業献金を再開するという展開が、全面的に捉えられていました。
佐々木 萩原さんのご本を読んで、対象とする時期も重なっていますし、一致する分析も多く、大変勉強になりました。私も、９０年代というのは日米経済関係にとって重要な意味をもつ時期だったと思います。これは、単に二国間の経済外交の関係だけでなく、背後にある日本の財界・大企業の実態の構造的な変化との関係でとらえることが大事です。
私たちは、アメリカの事実上の従属国である日本で、国内的には、財界・大企業が、アメリカの対日支配と結びついて、日本と国民を支配する中心勢力であると見ています。今回共同執筆した本では、日本経団連を構成している大企業の実態的変化とその政治介入の形態を分析しました。その上で日米経済関係をみると、新しい変化の意味がよく分かります。
編集部 それでは、今お二人から重要だとご指摘があった、９０年代における日米経済関係の変化とはどういうものだったのか、お話し願えますか。
●新自由主義的改革の起点――アメリカの要求
萩原 アメリカの政策が新自由主義の方向に変わったのは８０年代、レーガン政権の時期ですが、対日関係では、１９８８年の包括通商競争力法ができ、それにもとづき８９年に「日米構造問題協議」が始まりました。これは、私の本で「ワシントン発の経済『改革』」と銘打ちましたが、日本をアメリカの新自由主義に取り込んでいく、そのはしりであったと思います。
具体的には、日米構造問題協議の最終報告（９０年６月）の大きな柱として、日本に対する内需拡大が要求されます。これは日米の財・サービスの貿易不均衡を取り除く意図からの要求でした。これを受けて日本側は４３０兆円の公共投資計画を決めます（それは村山内閣で６３０兆円という膨大な公共投資にふくれあがった）。これは、その後の日本の財政危機の大きな要因となったと思います。同時に、土地利用、流通、独占禁止法などさまざまな分野にわたる市場開放や規制緩和をアメリカが要求してきた点でも重要な画期になりました。
１９９３年に誕生したクリントン政権は、それを引き継ぎ、この年の６月、「日米包括経済協議」を当時の宮沢首相と開始します。しかし宮沢内閣は、自民党の分裂、不信任案可決のために８月には総辞職し、「非自民」を売り物にした細川連立政権ができ、自民党単独政権は終わります。９４年２月に行われた細川・クリントン会談では、当時の日本の財界の要求を背景に、協議は「物別れ」で中断します。その後、村山内閣が成立し、９４年９月の日米首脳会議で「日米包括経済協議」は決着し、第一回目の「年次改革要望書」（「日本における規制緩和と行政改革に関する日本政府に対する米国政府の要望書」）が、その１１月に出されました。
ところが当の村山政権は、安保容認とか、消費税の５％引き上げの実質的決定など、かつての社会党らしからぬ政策を次々と実行し、結局、選挙で負けます。それで９６年１月には、橋本龍太郎氏が自民・社会・さきがけの連立政権を成立させて、そして１１月には「五つの改革」−−行政改革、経済構造改革、日本版金融ビッグバン、社会保障改革、財政構造改革（後で教育改革が加わり「六大改革」に）が出されます。そして、毎年のアメリカからの年次改革要望書は、「規制改革」「金融システム改革」など、橋本改革をバックアップする構成になっていきました。
橋本内閣は、９７年４月から消費税率を引き上げたことで、景気が一気に後退、夏の参議院選挙でも敗北して政権を降り、その後、小渕、森内閣と続くことになりました。しかし佐々木さんも本で指摘されていますが、橋本改革というのは、２００１年から展開した小泉「構造改革」の青写真とも言える位置をもっていたと言えます。予算決定についても、「財政構造改革元年」をうたい、従来の自民党主導の予算編成から、後の小泉内閣の経済財政諮問会議につながる、いわゆる「官邸主導」のやり方に変えていった点が、非常に重要だと思います。
金融覇権をねらったクリントン政権
この推移を日米関係からみると、クリントン政権になって日本に対する新自由主義的な要求が強く出てきたことが特徴的です。アメリカ側のねらいは、いったいどこにあったのかを見ておく必要があると思います。
日本の政権交代との関係では、クリントン大統領にとっては、日本新党の細川氏にしても社会党の村山氏にしろ、「非」自民党の政権でしたから、大きな警戒心をもっていました。その点では、橋本政権は、待望の自民党の首相の復活だったのです。
あわせて、クリントン政権の政策が、政権第一期（９３年１月〜）と第二期（９７年１月〜）では、かなり変化した点を見るべきだと思います。９１年１２月にソ連が崩壊し、“資本主義の勝利”と大宣伝をしたのはいいけれども、アメリカ企業は日本やヨーロッパの資本にいろいろな点で遅れをとり、「産業空洞化」が進んでいました。９０年、９１年には、金融危機に見舞われました。湾岸戦争でイラクを押さえ込んで再選確実と言われたブッシュ（父）大統領が、「チェンジ（変革）」を掲げた民主党・クリントン氏によもやの敗北を喫した背景に、そうしたアメリカ産業の問題があったのです。それだけに大統領になったクリントンは、非常に強硬な対日通商政策を押し出しました。
ところが９５年くらいに転機があります。９５年に、投資会社のゴールドマン・サックス出身のルービン氏が財務長官に就き、ウォールストリート主導の経済政策へと大きく舵が切られていきます。そして対外政策の面でも、貿易収支の赤字解消にむけ、日本に貿易摩擦の解決を求めた姿勢を転換し、アメリカヘの投資を呼びこむことで、国内生産を引き上げる政策をとるのです。これは、国際資本の移動を自由化し、世界的にアメリカの金融覇権を確立する政策を推進することになります。
●日本企業の多国籍企業化と日米経済関係
佐々木 私も、日米関係を歴史的にふり返ってみたいと思います。７０年代から８０年代は、個別品目での貿易摩擦問題が頻発した時代でした。その背景には、原材料を輸入して加工し輸出するという方式の高度経済成長がありました。とくにその土台には日本の低賃金・長時間労働、下請け収奪構造がありました。摩擦の対象となった輸出入品目は、７０年代の繊維・鉄鋼から始まってカラーテレビ、牛肉、オレンジ、そして８０年代は自動車、電機、通信、医療、医薬品、林産物、輸送機器といった分野でした。衝突が起こるたびに協議が行われる。その過程で、アメリカによる安全保障とのリンケージ作戦や、報復措置による脅しで日本が抑え込まれていく。これが８０年代までの状況でした。
９０年代に現れた、日米経済関係の大きな変化というのは、一つは日米間で恒常的な協議機関が設置されるようになったことです。もう一つ、日本企業が巨大化し多国籍企業化していくとともに、相手国の市場に生産拠点をつくり貿易摩擦に対応するという変化が起こったことです。
８０年代の経団連会長は新日鐵の稲山嘉寛氏と斎藤英四郎氏の時代でしたが、「鉄は国家なり」の発想で、貿易摩擦に直面すると、国内で公共投資を増やして内需を拡大することにより乗り切ってきました。戦後日本の重厚長大型産業を基盤とする輸出主導型から、多国籍企業型へと展開していったのが９０年代でした。
局面を動かした９５年日米自動車協議
萩原さんが言われたクリントン・宮沢合意（９３年）で「日米包括経済協議」が開始された時期が、貿易摩擦の激しさがピークだったのではないかと思います。当時、自民党が政権から下野して、細川連立政権が誕生するなど、国内政治でも大変な激動期でした。
日米包括経済協議で、アメリカが日本に数値目標を決めて、これに従えと求めてきたのに対し、経団連は「日米フレームワーク協議についての民間経済界の考え方」（９４年１月）という文書を発表します。そこでは「一度数値に類するものについて合意すれば、米国政府は３０１条の発動を背景に強制力を持って民間経済界に履行を迫り、最終的に、日米は管理貿易への道に進むことになる」と、激しい言葉で数値目標の押しつけに反対しました。
その直後、９４年２月の日米首脳会談で細川政権は、面と向かって数値目標の受け入れを拒否します。この事態を萩原さんの本では、「戦後の日米関係史における珍事」だと表現されていて、「なるほど」と思いました。
この局面を大きく動かしたのが、９５年の日米自動車協議でした。この当時、自社さ政権で村山首相、橋本龍太郎通産大臣という特異な布陣で、強硬路線をとっていました。そのときの裏事情は、『日米同盟経済』（朝日文庫、２００５年）で、なかなか面白く描かれています。交渉が暗礁に乗り上げた時、動いたのがトヨタの奥田碩氏だったというのです。
「政府間だけの『正論』のぶつかり合いから両国が抜き差しならない関係に陥らないように、トヨタは政府と別ルートで秘密裏に複数のルートを使って、米国と折衝を始めた」。「この折衝には当時副社長だった奥田氏らが動いた。……奥田氏は、トヨタが自主的に部品購入などを上乗せする計画を説明し、米国が通商問題の交渉で譲歩しやすいように妥協策を密かに伝えた」。
その結果、アメリカ側は、トヨタの部品調達計画を実現させたと「勝利」宣言をし、制裁を取り下げます。同時にトヨタは、その後、米市場での生産を急拡大させていきます。２００４年には、９４年の生産台数の約２倍、１４８万台の規模に増やしました。アメリカでは雇用、部品調達を増やし、米経済にとってトョタはなくてはならない存在だとアピールする時代に入っていくわけです。
そういう意味で、日米経済摩擦を回避しながら新たな国際展開へ、多国籍企業化と日米の資本結合を推進していった、きわめて象徴的な事件であったと思います。
●「年次改革要望書」を受けた「金融ビッグバン」
編集部 それぞれのお話について、いかがでしょうか。
萩原 先ほど述べたアメリカの対外戦略の転換と軌を一にして行われたのが、橋本改革における金融ビッグバンでした。９４〜９７年の年次改革要望書の中で、アメリカ側は日本に金融の面での規制緩和、自由化を強力に要求します。
とくに１９９７年の年次改革要望書では、「日本政府は、金融サービスの分野で規制緩和をさらに進めることを確約しており、米国政府は、外国企業にとって日本市場での機会が拡大することを期待している」と具体的に金融ビッグバンの進展に言及しています。それによって、９９年、金融持株会社や外資参入が法的に可能になり、日本の金融危機の処理と同時並行的に、日本の財界も、アメリカ型の金融システムヘの改革を追求し始めました。その結果、金融危機に対しては公的資金が役人され、破綻した日本長期信用銀行（現・新生銀行）は外資のリップルウッドを中心とした役資仝社に買いとられました。しかも１０億円で買い取った株式を、東証上場の際、その３分の１を売却して、外資は４０００億円もの莫大な収益を手に入れています。
このように日本企業が多国籍化する展開の中で、財界として金融分野での新自由主義的改革へと踏み出していきます。この方向は、よりリスクの高い、安定性を欠く金融システムですが、橋本改革で実行に移され、その後、小泉「構造改革」に引き継がれて、２１世紀の金融将来像として「米国型の市場中心の金融モデルに比重を大きく移す」構想がめざされていったわけです。
佐々木 ９７年には、クリントン・橋本会談で、「規制緩和及び競争政策に関する日米間の強化されたイニシアチブ」（日米規制緩和協議）が設置されます。この協議では、日米の行政組織が「民間部門からのインプット」、つまり両国財界の要望を聞き、その報告を年に１回以上、上級会合に提出する形で運営されます。上級会合には日本側から外務審議官、米側から次席通商代表が出席して、未解決の問題について協議を行い、その進展状況を日米首脳に報告します。このように幾重にもわたって、アメリカの意向を伝達するための仕掛けが常設され、摩擦の調整が行われるのが９０年代後半以降の特徴です。
そしてこの協議の中身としては、製品・サービスの市場アクセスから、規制緩和のための法改正、行政改革も俎上にのせられるようになりました。それが橋本改革、そして小泉改革に引き継がれた。その点は萩原さんが言われたとおりです。ちょうど同じ時期に、日本の巨大資本が多国籍企業としての特徴をいっそう備えるようになっていきます。それを背景に、日米の財界から声を聞き、日米政府間の協議を行うという形がとられるようになったと思います。
そして２００１年６月、ブッシュ・小泉で日米首脳会談が行われ、「新しい成長のための日米経済パートナーシップ」という形に発展改組されていきます。
●経済「衝突」から「協調」へ
萩原 今の話で興味深かったのは、日本の企業が多国籍企業化して対米進出、対米直接投資を展開し、それが日米間の経済衝突から協調的な関係へとつながったという指摘です。というのは、私の見解では、アメリカの戦略が、貿易赤字の解消から資本の自由化へと大きく転換する、それでアメリカの経済の成長を勝ち取るという方向に切り替わったのが、ちょうど１９９５年を境にしているからです。
アメリカ側にとっても、トヨタがアメリカに工場進出し、資本が入るのは大変結構なことで、それで生産も雇用も増えるのだという立場に変化していく。加えて金融面では、橋本改革の金融ビッグバンで、金融市場を外資にオープンにしていく方向が採られたのも、資本の移動、投資を自由化し、それを軸に経済を展開するやり方に、切り替えていく。それがやはり９０年代後半から進んだと言えます。
ですから佐々木さんが最初に言われたように、８０年代までは、多くの輸出品目で経済摩擦が起こったものが、９０年代後半にはスッと消えて、あたかも日米間の摩擦はないかのような展開は、なぜだったのか。それは多国籍企業化で日本企業の戦略が変わり、アメリカの政策転換があったという点で見れば、非常によく理解ができると思います。
佐々木 もう一つは、経済摩擦の要因となっていた貿易の中味が変わったことです。それは、アメリカの貿易赤字の相手国が、日本よりも中国のほうが大きくなったこともありますが、同時に、日本からアメリカヘの直の輸出ではなく、アジアの日系企業の子会社からの対米輸出が急増していった而もあります。
それから日本の大企業の多国籍企業化が進んだ結果、貿易よりも相手国内での現地生産が増えた。その結果、日本企業の貿易の中味が、相手国の子会社に対する輸出や子会社からの輸入など企業内貿易に置き代わっていったことです。製造業の輸出のうち現地法人への販売が占める比串をみると、９５年には１７％だったのが、０４年には３５％まで拡大しています。
あわせて日米経済摩擦を調整するという意味では、先ほど萩原さんのお話のように、９０年代初めの公共事業１０ヵ年計画の４３０兆円が、その後６３０兆円に増やされましたよね。これも９０年代に激化した日米経済摩擦を、日本側の負担で調整した結果だと思います。
〔２〕日本の多国籍企業化と財界の戦略
編集部 次の柱では、今までみてきた日米経済関係の経過と変化について、その経済的背景をどうとらえるか、という点についてです。まず佐々木さんに、この間、日本の大企業と財界がどう変貌したかについてお聞きします。
●日本の大企業の変容
佐々木 では日本財界の総本山と言われる日本経団連が、２１世紀に至る過程でどう体質を変えたのか、その構造的な変化について、３点ほど特徴を見てみたいと思います。
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第一の変化は、日本の大企業が非常に巨大化したことです。経団連の役員が所属する企業規模を一社平均で見ますと、たとえば総資産では、１９７０年には６５６０億円、１９８０年には１兆７２２億円、１９９０年には３兆２６３０億円と、この２０年間で五倍に増えています。そして２００６年では６兆１４５８億円となっており、３６年間で１０倍近くに増えています。
この総資産額の巨大化は、貨幣価値の低下がありますから単純に言えませんけれども、しかし資本の集積・集中が非常にすすんだことははっきりしています。
同時に、鉄鋼、化学、セメントなどの重厚長大産業から、自動車・電機などの加工・組み立て産業へ、さらには電機・情報通信というハイテク産業という方向にシフトをしています。巨大化だけではなくて、先端産業を基盤とするものに変わってきているというのが一つです。
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第二は、日本の大企業は多国籍企業化するとともに、依然として輸出依存型であることです。日本の輸出企業上位１０社をとってみると、２００５年の統計では１０社で日本の全輸出の３３．７％、３分の１を占めています。企業は巨大化し、産業構成が変わったのですが、輸出依存型は基本的に変わっていません。
同時に、多国籍企業化が進んでいます。海外生産比率では、９５年に１９．７％が、２００５年度には３１．４％と、これは海外進出をしている製造業企業の比串ですが、上昇しています。
�� 外資保有の増大
第三は、外資の株式保有が増えていることです。発行済み株式の内訳を調べて、私はあらためて驚きました。１９８０年には経団連の会長・副会長所属企業の発行済み株式に占める外国人の待ち株比率は２．７１％でしたが、２００６年になると３０．７２％と、経団連役員の企業の株式の３分の１は、外国資本の手中にある。その主体については別途検討すべきですが、非常に驚異的な変化が起こっています。
以上のように、日本経団連の構成企業が巨大化し、多国籍企業化し、外資に株を保有されている。この状況は何を意味するのか。それは、日本の主だった大企業が、国内経済だけを基盤とした企業活動から、本格的なグローバルな展開へと変化をしているということです。したがって、その企業活動は、一国的な国民・国内産業を基盤とするだけでなく、世界的な規模で利益を拡大する方向に転換しているのです。それが財界トップを占める企業活動の方向として、新自由主義的な性格を強める背景にあると思います。
ですから政治的にも、従来型の保守的な政治基盤−−族議員とか、関係業界団体が影響力をもつ状況から、新しい展開を遂げるようになっています。９０年代末から２０００年代にかけて日本の政治に起こった大きな変質は、米主導下で日米の多国籍企業の総意を政治に反映させるという性格をもっていた。それを実現する仕組みをつくったのが橋本改革であり、それを実行したのが小泉構造改革だったと思います。したがって国民にとっては非常に無慈悲な弱肉強食、貧困化と格差拡大を進める改革として進行したのです。
編集部 日本の経済界が外資によって買収されかねない事態ということでしょうか。
佐々木 その点け、鈴木健・桃山学院大教授の本書書評（本誌６月号）で指摘されているように、外国人株式保有は必ずしも経営支配に全部がつながっているわけではありません。言わば投資目的で投資銀行・投資ファンドなどの機関投資家が日本企業株を購入しているという面があります。
同時に、経営に影響力を行使しようとする傾向も強まっています。たとえば最近、国際間の「三角合併」による企業買収が話題になりました。「三角合併」の解禁は対日年次改革要望書に２００３年から毎年、盛り込まれて、それが制度化された経過があるのですけれど、去年、あまり露骨すぎるというので１年間延長し、この５月１日から実施されています。これによって外資の日本企業買収が進むのではないかと、脅威を感じざるを得ない事態が生まれています。
●対日圧力を利用した「護送船団方式」の変容
萩原 今言われたように日本の財界、独占資本主義が９０年代に遂げた変化が、実はアメリカの強力な対日批判、対日要求に沿ったものだったという点が非常に重要です。
それで思い起こすのは、クリントン政権の最初の大統領経済諮問委員会委員長となったローラ・タイソン女史（９３年１月就任）の著書『誰が誰を叩いているのか』（邦訳は竹中平蔵監訳、ダイヤモンド社、１９９３年）の言葉です。「日本市場の主な障壁は、日本特有の産業組織や、企業相互の関係、官民の関係に根ざしている」と日本型資本主義を特徴づけています。日本の系列グループ、官民の協力関係、厳格な規制が、外国の製造業者の販売努力を妨げている。アメリカ企業は日本企業と競争しているのではなく、日本のシステム全体と競争させられている、と言うのです。・
そこで戦後日本の経済政策の柱である、輸出主導型の経済成長をめざし、通産省が音頭をとって系列グループ化をすすめる、エレクトロニクス産業へは補助金をつぎ込み育成するやり方を批判の的にしていきます。つまり日米の経済摩擦を「護送船団方式」で激化させた日本型資本主義そのものが問題にされました。
そうしたアメリカからの批判を受け、日本の財界は官僚主導の経済政策から、自らが主導権をとれるようにする。そして国内に外資は入れるし、同時に自分も外国にどんどん出て行くシステムに、財界自らが転換してきているのです。結局、それでアメリカ企業に対抗する競争力もつけ、それに政治を積極的に利用しようとしていきます。
たとえば財界の要求から、法人税減税、消費税率引き上げ、財政規模の縮小が出されています。これは結局、国民生活に直結する国の支出、サービスは縮小し、財界の利益になる方面では財政を利用するシステムに変化させようとしています。
これは日本の財界が、アメリカの年次改革要望書をうまく利用する形で、自らの行動、要求パターン、内容を変革させてきた結果です。一方、それは日本の国民からすれば、格差社会の広がり、老人いじめの社会福祉、医療の問題などで、国民との矛盾を激しくしています。そして本格的な“国民切り捨て”はまだこれからであり、そこを見すえて方向を考えないとならないと、私としては感じています。
●「日本経済の内的構造の変化」で政策転換
佐々木 紹介されたローラ・タイソンが、２０００年に出した「米外交問題評議会リポート−−新政権のための対日経済政策指針」というものがあります。ブッシュ大統領当選の直前のもので、この中身も注目されます。こう言っています。
「二国間で貿易目標を設定するこれまでのようなやり方ではなく、多国間プロセスを通じた試みを重視するほうが、日本の市場開放に向けたより効率的なアプローチであると判断した。このような政策上のシフトは、日本経済の内的構造が変化しつつある以上、いまや、ワシントンが改革を求めて日本に公然と圧力をかける、これまでのやり方を後退させてもよいという認識を踏まえたものである」。
「これまでの二国間経済関係では日米両国政府の役割がきわめて重要だったが、将来の日米経済関係の形成に向けた試みをめぐってはむしろ民間の起業家や投資家が大きなリーダーシップを発揮すべきであろう。日米両国政府はこのプロセスのためになし得ることを実行しなければならない」（『フォーリン・アフェアーズ』２０００年１２月号）。
ここでの主張は、萩原さんが紹介したタイソン氏の９３年の強硬路線から明らかに変化しています。つまり２０００年の時点では、以前の「貿易目標を設定する」やり方は効率的ではなく、「日本国内の内的構造の変化」に着目して、それをいわば促すといったアプローチが有効であると言っているのです。
これはアメリカの要求を、日本の政府、財界自身の内的要望とするようになったと評価している表現なのです。
萩原 そうですね。タイソン氏の日本市場への評価の変化は非常に面白い点だと思います。
タイソン氏の最初の文書は９３年のもので、アメリカは宮沢内閣への対日要求を出します。そして橋本「六大改革」で金融ビッグバンが進み、外資導入が聞かれます。今の後の文書の２０００年には、例の日本長期信用銀行が破綻し、すでに外資が買い取っているわけですから、日本資本主義の閉鎖的市場は、かなり変わっていました。そういう変化を前提に、タイソン氏は書いています。
佐々木 日本の財界白身が、先はどのような大きな構造変化を起こし、日米関係も「摩擦から協調へ」と変わりつつあったのだと思います。それで２００１年、小泉内閣が誕生し、「構造改革路線」が始まります。その中心は、首相のリーダーシップの強化、官邸機能の強化を強力に打ち出してきたことです。小泉改革では、行政組織や与党の政策決定過程そのものさえも「改革」の対象としていくわけです。
●アメリカ後追いの金融自由化
編集部 萩原さんが、橋本内閣の金融ビッグバンも、その背景にアメリカの要求があった点を話されましたが、アメリカ仕込みの金融自由化が日本の経済構造にもたらした意味を、どうみたらいいですか。
萩原 金融の規制緩和という点では、すでに８０年代のレーガン政権のときの「日米円ドル委員会」（１９８４年上において、日本の過剰な貯蓄をアメリカの証券投資へ流しこむための規制緩和が押し付けられました。ですから金融面では８０年代から、「貯蓄から投資へ」の流れ、自由市場主義的改革、規制緩和の政策をいち早く進め、対外的にも要求を強めてきました。
日本以外では、ソ連邦崩壊後、アメリカの金融会社がどんどんロシア、ヨーロッパに進出していきますし、アジアヘもインドネシア、タイなどに対し国際資本の投資の自由化を強硬に要求してきます。それが結局、９７年のアジア通貨・金融危機につながっていくわけです。それが日本へも波及して、まさに銀行の不良債権という形で現れたことは記憶に新しいところです。
佐々木 金融ビッグバンが実施されていくきっかけとなったのが、９７年の金融危機です。私は衆院議員の初当選が９６年で、初めての国会で金融問題に直面しました。
当時、大蔵省の国際金融局長が榊原英資氏でした。その時の彼の答弁で印象深く残っているのは、「今は１０以上の都市銀行があるが、そのうち４つぐらいになります」と言ったのです。「そんな事があるのか」と、当時は感じたのですが、現実にはその通りに進みました。
その過程で不良債権処理により中小企業を次々と破綻に追い込むなど、国民からみて重大な問題が発生しました。９７年、９８年の金融危機を経て、大銀行を新しく再編し、金融の規制緩和・自由化を大幅に進めた。アメリカの金融資本も入ってくる中で、いっそう少数の銀行に資本集中が行われていったのです。そのように金融面の自由化が、アメリカの戦略のーつとして推進され、大きく日本を巻き込んでいった状況がありました。
●金融集団の大再編と日本の財界
萩原 銀行の不良債権問題というのは、戦後日本の六つの金融集団が、過剰を抱える中で、政府に公的資金をどんどんつぎ込ませて、資本集約をはかったという側面もあります。また高度成長時に設備投資を支えてきた日本長期信用銀行がその役割を終え、処分をしたとも言えます。その際に、新たな国際競争にも勝てるように日本の旧来型の企業集団をさらに再編、強化して、資本集約を図る。そこに徹底して国民の税金も使い、長銀処理の際にはリップルウッドなど外資も大儲けさせてやったということでしょう。
この不良債権処理の時期は、日本の財界は、金融危機の真っ只中にあったわけですから、大きな顔はできなかった。銀行には公的資金が投入されているので、政治献金も自粛していた。
財界は、９０年代末にはじっと形勢を見つつ、事態を鎮めた上で、２００１年の小泉構造改革とともに経済財政諮問会議に対し、民間議員として日本経団連トップを送り込むという戦略をとった。国民の批判が厳しかった、従来型の官僚、族議員を悪者に仕立てて、行政改革で絞りあげ、財界主導の直接的な政治支配をつくりだしていったのです。その支配システムの完成とともに、今度は政治献金を大っぴらに再開します。こうした流れが、『変貌する財界』に出てきます。
これはまったくとんでもない、けしからんことなのですが、９０年代の日本の政治、経済の混乱を通じて、財界は政治支配の再構築をやってのけたということになるのだと思います。私は『変貌する財界』を読んで、そういう思いを非常に強くしました。私の木では、小泉改革は「ワシントン発の経済『改革』」だとみているのですが、佐々木さんたちの本を読むと、小泉改革はアメリカの思惑と、日本の財界の変貌という中で事が進んだことが、よくつかめます。
〔３〕あらためて小泉「構造改革」とは何だったか
編集部 今までのお話で９０年代からの日米経済関係と、その背景にある日本の財界や大企業の変化−多国籍企業化や金融化などの変化をたどっていただきました。そこで、今までも触れられていましたが、小泉「構造改革」の特徴と意味について、対米関係の点から明確にしておきたいと思います。
●小泉「構造改革」を準備した流れ
萩原 クリントン政権期に対日圧力が強まりましたが、２００１年、ブッシュ政権の登場で、さらに新自由主義的な考え方が強く現れてきます。ブッシュ政権の誕生から数カ月遅れで、小泉政権が発足します。日本では結局、竹中平蔵氏を中心とした新自由主義的な政策づくりが、ブッシュ政権の経済政策を踏襲する形で行われていきます。そこでは日本の大企業、大銀行がアメリカ的なシステムになじむような政策を急速に展開していきました。
橋本龍太郎という政治家は、つくづく不運なヒトだったなぁと思われるのは、９６、９７年、彼が「橋本改革」を始めたとき、日本が平成不況で経済的混乱にあったことです。一方で財政再建の重視から、よせばいいのに消費税串を引き上げました。そのため、景気がますます悪化し、責任をとって退陣せざるを得なくなったわけです。その後、政権についた小渕、森首相は、景気対策で財政支出の大盤振舞いをやりました。こうした官主導、族議員による政治に対して、国民の目が厳しくなっていきます。官僚の不祥事が続き、それが公務員攻撃の材料にも使われることになります。行政改革では、中央省庁再編など大蔵省の名前を財務省に変えるとか小手先の改革も行いますが、経済財政諮問会議の設置は、財界支配の道具としてきわめて大きな意味があったといえます。
そのときに、小泉純一郎という政治家が、ずる賢かったと思うのは、「自民党をぶっ壊す」という言い方で、国民の批判が集まっていた「鉄のトライアングル」を「改革」するかのポーズを正面に掲げ、自民党の総裁選挙で主流派の推す橋本龍太郎を押しのけ首相の座を勝ち得たことです。国民も政官の不祥事、財政赤字の累積にどうしようもないという気分があったところに、小泉純一郎のパフォーマンスに魅力を感じて、小泉構造改革が一気にすすんでいくことになります。
小泉改革は経済面では、ドラスティックな不良債権の処理を行い、新自由主義的な市場メカニズムを重視した政策を展開していく中で、国民の所得、消費は低迷していますが、大手企業の業績は大幅に回復基調に向かったのです。
●国民の「抵抗」を排するための指揮権強化
佐々木 首相のリーダーシップの強化の問題で、最近私が読んで注目したのは、石原信雄・前「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」座長が橋本行革の経過を振り返った発言です（ホームページ「言論ＮＰＯ」、http://www.genron‐npo.net/campaign/002118.html）。
そこで石原信雄氏がズバリ言っているのは、利害関係のある政治家、業界にどうやってマイナスの政策を押しつけるのかということです。そのために総理大臣のリーダーシップ、権限を強めることが必要だったという認識です。
「それぞれの役所は……、自分の権限を減らす、撤退するのは、みんな苦手です。そのようなときには、行政全体、政治全体をにらんでいる総理大臣が、この省は撤退しろということを言わなければならない」「そこで、議院内閣制のもとにおける内閣の、特に総理大臣官邸の指導力を強化することをねらった改革の一つが橋本行革でした。当時は省庁の再編成が大きな関心を呼びましたが、あのときの改革の一番の重点は、内閣機能の強化であり、その一つの成果が、経済財政諮問会議でした」。これを自分がやったという自慢です。
要するに、経済財政諮問会議をつくった意味は、総理大臣の強力なリーダーシップを確立して、「抵抗勢力」を押さえ込むことにあったと言うわけです。日本経団連の奥田前会長は、“１番の抵抗勢力は国民だ”にと言いましたが、首相のリーダーシップは国民の「抵抗」を排除するために必要だということです。奥田氏の言葉は、小泉構造改革の性格をよく表しているものです。
そして他方、財界の意向を政治にストレートにトップダウンで押しつけていこうとしたのが、２００３年から行われた「通信簿方式」による政策買収だったと思います。２００２年に旧経団連と日経連が合同して、日本経団連が誕生します。それで財界の総意を政治に対し直接押しつけるテコとして、次の年から「通信簿」にもとづく政治献金という方法を採用するわけです。
●ブッシュ政権と符合する小泉・安倍改革
萩原 首相直轄の諮問会議を通じて、国の大方向を決めてしまうやり方は、ちょうどアメリカでブッシュ政権が登場し、新自由主義的な「小さな政府」により、軍事費以外の財政支出を切り詰めていく路線を追求したのと、時期的に符合します。アメリカの政界の動きと、小泉そして安倍内閣の政策、手法が協調する形でうまく展開しているのです。
問題は、「官から民へ」というときの、その「民」というのは、「国民」ではなく、「財界」を意味するわけです。その「民」の中心に、財界が当然のごとく居座り、財界が主導権を握ってしまった。経済財政諮問会議では、民間議員として財界トップが直接出てきて、発言を全部財界主導で仕切ってしまう。二人の経済学者の議員も結局、財界の言うままです。そしてこの諮問会議の決定を、首相がトップダウンで指令する仕組みになっています。
そして経済財政諮問会議に楯突く国民は「抵抗勢力」だという批判の大キャンペーンを行い、容赦なく切り捨てるやり方をとるのです。本来ならば、国民こそが前面に出て、国民本位の経済改革を展開すべきなのです。
佐々木 橋本、小渕、森と続いた自民党主導内閣は、ほとんど末期的症状が現れていました。とくに「えひめ丸」と米原潜の衝突事件が発生した時、森首相がゴルフをやっていた映像が繰り返し流されて、森内閣の支持率は確か１０％前後まで落ちるわけです。内閣支持率がそのうち消費税の税率と同じになるという笑い活かありました。しかも経済的には非常にきびしい時代ですから、国民の怒り、不満は頂点にあったと言えると思います。
それを引き継いで登場したのが小泉氏だったのです。小泉氏は「自民党をぶっ壊す」と叫んで登場し、何か新しい「改革」をするかのようなイメージをふりまいて、高支持率を得ましたが、それを逆に利用して、政治システム、制度の改編を強力に推進したのです。
萩原 自民党の末期症状と言われる時に、自民党を救ったのが小泉氏の異常な人気だったわけです。しかし、小泉人気もそうそうは続かないことははっきりしているので、小沢一郎氏率いる自由党が民主党に合流して、二大政党づくりに本格的に乗り出した。日本経団連も企業献金の再開でそれをバックアップしました。自民党がダメなら民主党があるという、財界にとっては、いねば政治的な「保険」であり、そういう「安全弁」を用意することに成功したのです。
佐々木 財界戦略との関連では、自民党が一番太いパイプをもつ政党です。その上で「自民党がダメなら民主党」という「受け皿としての民主党」の役割があります。萩原さんが「安全弁」と言われたのはまったくその通りです。そして、アメリカと日本の財界の意向が、ストレートに反映できる体制をつくったというのが「小泉構造改革」の５年間だったと思います。そういう意味では、自民党の従来の支配基盤も大きく崩れてきていますが、では民主党が強くなったかというとそうでもない。問題はこうした状態をどう変えるのかということです。
●格差を拡大した小泉改革
佐々木 小泉改革について指摘しておかなければならないのは、小泉政権の５年間は格差拡大と貧困化の時代だったということです。
不良債権処理でも、赤字の中小企業が「不良債権」だというレッテルを貼り、切り捨てるというやり方で、中小企業の倒産や廃業がかつてない規模に上りました。失業率も高まり、所得が低下しました。その中で大企業を中心に、非正規雇用が拡大しました。その結果、非常に大きく格差が広がった時期となったのです。そういう意味で巨大資本VS一般国民の対立が、客観的にはものすごく深まった時代だったと思います。
この格差拡大を見る上で、グローバルな視点で問題をとらえることが大事です。
今、アジア向けを中心にどんどん資本の移転が行われ、生産拠点も移されています。グローバルな形での利益拡大を求める中で、財界は国内の低賃金をさらにアジア並みへと引き下げる要求を強めています。とくに自動車、電機で見ますと、企業グループ内の労働者は、アジア地域での雇用の数が国内を上回るほどの規模になり、しかも日本の６分の１、１０分の１という低賃金で雇用しています。
したがって日本財界の「高コスト構造」を「是正」するという要求には、際限がないのです。非正規雇用を拡大し、過労死、長時間労働などを広げ、国民の怒りの高まりで、一時的にそれを和らげる政策を採るかもしれませんが、基本的な方向では、財界側はそれを変える意向はありません。
この大企業・財界の横暴なやり方に対して社会的規制を強めることが大きな焦点になっています。また、今後のたたかいの展望として、アジア全体での労働者の連帯をめざしていく時期に来ていると思います。今後、そういう意味で多国籍企業VS日本・アジアの労働者、という対抗関係が非常に鮮明になる時代に入っていくのではないかとみています。
●郵政民営化と株ブームの再来
萩原 一言、郵政民営化の問題を指摘しておきます。
郵政民営化は、米政府が年次改革要望書の中で、１９９５年から要求していたものです。その最大の関心は、金融ビッグバン以降の、しかも世界一の資産を誇る、郵便貯金銀行の株式処分です。
日本郵政公社の完全民営化は、０７年１０月にスタートし、１０年間に渡って郵便貯金銀行、郵便保険会社の株式を民間に公募して売却するプロセスが続きます。
８０年代のＮＴＴ民営化の際にはＮＴＴ株のブームもありましたけれども、世界の投資ファンドが、もっと大規模に郵政株で稼ぐことを狙っていることは間違いありません。そして郵政完全民営化を通じて、いよいよ日本の金融システムは、株式市場を中心に動く米国型金融へと変容させられる可能性が大きいのです。
最近も、日興コーディアルがアメリカの金融資本のシティ・グループの軍門に下るという買収劇がありましたが、外資は着々と次を狙っているのです。
佐々木 郵政民営化への財界の要求は「豊田ビジョン」（１９９６年）で打ち出されますが、自民党・郵政省の巻き返しと、世論の反対で一旦、挫折します。これを再度、郵政民営化のレールに乗せる上で、大きな意味をもったと思うのは、小泉政権が発足した年に出された２００１年版のアメリカの「規制改革要望書」の一節です。「米国政府は、郵政金融機関が日本の金融市場における事業の効率に与える影響に関して、経団連やその他の組織が表明している懸念を共有する」と。つまり経団連や、銀行・保険業界が求めていた郵政民営化方針に対し、アメリカ側も利益を共有する、賛成だというメッセージを送ることで、息を吹き返して、その後の経済財政諮問会議の「郵政民営化の基本方針」（２００４年）につながっていきました。
〔４〕２１世紀の日米関係と参院選の焦点
編集部 最後になりますが、今後の日本経済の民主的発展を考えて、日米経済関係のあり方や、今後の展望も含めてお願いします。
●ドル体制の維持と「総合安保」論
萩原 日米双方の関係を考えるうえで、まず、「アメリカにとっての日本」はどういう存在なのか、ということです。
アメリカでは、１９６０年代からアメリカ企業の多国籍化か進み、９０年代以降は経済の金融化か進みます。その結果、産業が空洞化し、企業内貿易は増えますが、貿易収支の赤字は拡大する構造になっていますので、２００５年で経常収支は７９１５億ドルものものすごい赤字になっています。資本収支は、当然その分黒字になりますから、経常収支の赤字を拡大しても、外国資本を取り入れることによって成り立つ経済になっているわけです。
これは、アメリカのドルが世界の基軸通貨であるからできることですが、このドル体制を維持するためには、日本をどうしても取り込んでおくことが重要です。日本企業がアメリカに進出すると、貿易摩擦を回避する上で重要ですし、また、貿易で稼いだお金はドルで預金され、それがアメリカ国債の購入に回されれば、アメリカの財政赤字を支えることになります。アメリカ経済を支え、ドル体制を支える日本は、アメリカにとって大変重要な存在になっているのです。
では次に、「日本にとってのアメリカ」はどうなのか、という点です。日本から中国をけじめアジア諸国への輸出が、アメリカヘの輸出を上回ったとはいえ、日本経済にとって、アメリカ市場のウエイトの大きさは変わりません。しかも日本企業の対米進出の上で、日本企業としてもアメリカの利害について考えざるを得ない状況です。たとえば自動車では最近、ＧＭやフォードに比べてトヨタがアメリカでの売上げを伸ばして、トヨタが世界１位のメーカーになることは確実だといわれていますが、対米進出した日本企業もアメリカの利益を尊重するという相互的な関係になっているわけです。
こうした日米双方の関係からみても、アメリカの世界戦略に追随する形で日本政府や財界の対外戦略を展開することが、自分たち日本にとっても利益であると考える、そういうスタンスが非常に強いのではないでしょうか。
佐々木 １９８０年代に入ったころ、アメリカ経済の地位が相対的に低下し、日本経済の地位は上昇しました。これから日米関係はどうなるかという議論が起こりました。このまま日本は経済的、政治的にも自立した道を行くのか、それともアメリカとの協調関係を続けていくのかという議論です。
その当時、日本の支配層を中心にさかんに展開されたのが、「総合安保論」です。つまり、アメリカが地位を相対的に低下させ、日本が力を強めれば強めるほど、アメリカを中心とする世界支配構造を支えなければならない。そうしなければ日本は生きていけないという考え方が「総合安保論」という形で出てきたのです。
私も、８０年代にこの「総合安保論」を批判的に分析、検討した論文を発表したことがあります（拙著『転換期の日本経済』新日本出版社に収録）。当時の「総合安保」論は、エネルギー・資源など経済問題が中心に議論されて、むき出しの軍事同盟強化論にはなっていませんでしたが、方向としては、アメリカの戦略を補完する「副官」として、能動的積極的な役割を果たすという日本の支配層の戦略が明確に打ち出されていたわけです。
●高まる日米の軍事同盟強化の危険性
佐々木 それが今日の時点では、きわめて露骨な形で、軍事的な色彩を鮮明にした形で、日米の同盟関係の強化が議論されるようになりました。とくに、小泉政権になってから、ブッシュ政権のアフガニスタン攻撃、イラク攻撃にもろ手をあげて、まっ先に支持を表明するという持異な態度をとりました。
ブッシュ政権から「ショウ・ザ・フラッグ」（旗幟を明らかにしろ）とか、「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」（戦地の上に立て）などと言われて、自衛隊を戦地に送り、事実上アメリカ軍の一員としての活動を担っているのが現実です。憲法の枠組みをこわす形で展開されているわけです。それを合理化するために「集団的自衛権」の憲法解釈を変えるとともに、憲法そのものの改定スケジュールを実行に移していくという段階に来ているわけです。
萩原 アメリカは軍事力で大きな力をもっていますけれども、イラク戦争では泥沼の状況になっています。昨年秋の中間選挙で共和党は大敗し、議会の主導権は民主党に移りました。盟友のブレアもついに辞職に追い込まれ、世界中から孤立しているのがブッシュ大統領です。そのブッシュ大統領にしてみれば、日本の援軍は願ってもないことです。安倍首相が、４月末の訪米にあたって、集団的自衛権の行使について検討する有識者懇談会を立ち上げると表明したのは、ブッシュヘのお土産だったわけです。そして秋には、集団的自衛権でアメリカ軍をサポートする方向を打ち出そうというわけでしょう。憲法九条のしばりを解釈改憲で突破して、現憲法のもとでも集団的自衛権の行使が出来るようにしたいというわけです。そして、安倍政権の任期中に明文改憲もやろうというわけですから、本当にとんでもない首相をわれわれはもっていることになります。
例の橋本内閣のときに日米安保の新定義を行って、日米安保をアジアの安保に拡大した。そしてブッシュと小泉が、今度は「世界の安保」に広げたわけです。こうして、日米の財界の協調と同時に、軍事的な同盟関係強化が進んでいます。これは、私たち日本国民にとって、非常に危険な方向だと言わなければなりません。
佐々木 それは経済的基盤から言うと、アメリカ多国籍企業の世界支配の展開と日本独占資本の多国籍化が重なって、矛盾をはらみながらもお互いの協調体制づくりが進んでいる。つまり日米の多国籍企業の世界的な展開が進んでいることに対応していると思います。この世界支配体制＝「グローバル・パートナー」体制づくりは、日本をさらにアメリカの軍事的従属に導くものです。今日の米軍再編はその具体的な現れです。
●参議院選挙での大きな争点
佐々木 国会で活動していて日々肌で感じますが、たいへん危険な動きが、目の前で進んでいます。実際に、今国会に出された法案の状況を見ましても慄然とするわけです。改憲手続法は、最終盤、中央公聴会も開かずに、残念ながら強行されました。在日米軍再編促進法、イラク特措法の延長など、日本の平和と戦争にとっての重要法案が、まともな審議なしに通されています。また教育三法、少年法の改悪が行われ、共謀罪の創設が大きな焦点になっています。
私ども日本共産党は、安倍首相が好んで使う「戦後レジームからの脱却」とは、戦後の日本国憲法の体系を否定して、アメリカとともに「戦争をする国」へ突き進むものだということを、声を大にして訴えていきたいと考えています。安倍首相は、憲法改悪を参議院選挙の争点にすると言っていますが、私どもは受けて立ち、草の根からだたかいを強めて、財界と「靖国派」の野望を打ち破っていきたいと思っています。
萩原 そうですね。アメリカとの大きな違いは、日本にはしっかりした共産党があるということです。アメリカの場合、共和党と民主党の二大政党で、イラク戦争の開戦に賛成した点では同罪なのです。イラク攻撃から４年が経ち、イラクから撤退すべきだと批判が高まっています。議会でも撤退のタイムテーブルを決めた法律を通したけれども、ブッシュがそれに拒否権を発動して成立を阻止したのです。おそらく来年の大統領選挙にむけた駆け引きが今後続くのでしょうが、共和党が勝っても民主党が勝っても大きな変化は生まれません。それが二大政党制のアメリカの現実なのです。
それに比べて日本の場合、民主的な変革の展望を示して、国民の利益を考えて行動していく政党、日本共産党が存在しているわけで、そのことの意味はたいへん大きいと思っています。ですから、“自民党がダメだったら民主党”という安易な選択ではなくて、共産党を中心として、憲法を守って民主的な改革をめざす勢力を大きくし、ぜひ幅広い結集を進めてもらいたい。それを一国民の声として、今日は佐々木さんにお願いしたいと思って来たわけです。
●「二大政党論」の財界戦略を打開して
佐々木 萩原さんからエールをいただきましたが、安倍・自公政権の暴走をやめさせ、国民のいのちとくらしを守る日本共産党の存在と役割を、国民の皆さんに知っていただくまたとない機会が選挙ですから、日本共産党はどんな党なのか、どんな役割をもっているのかを大いに語っていきたいと思います。そして、要求運動、平和運動とも結んで、日本の政治と社会をよくしたい、変えたいと思っている圧倒的多数の国民を結集できるようにがんばりたいと思います。
今度の参議院選挙は、憲法問題とともに、「棄民政治」ともいえる小泉・安倍両内閣の「構造改革」路線がもたらした格差と貧困を打開する、たたかいの場だと思っています。私どもは、（１）庶民に大増税、大企業・大金持ちには減税という「逆立ち」税制をただすこと、（２）社会保障のこれ以上の切り捨てをやめさせ拡充をはかること、（３）人間らしく働くルールをつくること、の「三つの転換」をめざして、今の政治の流れを変える方向で選挙戦をたたかっていきます。
選挙になりますと、二大政党づくりのキャンペーンが、マスコミなどを動員して大掛かりに行われます。民主党は、改憲問題では自民党と同じ方向ですから争点にできません。争点は格差問題ということのようですが、貧困と格差を拡大した「構造改革」路線を自民・公明と競い合い、規制緩和を自民党よりも激しく主張していたのです。この点け明らかにしていかなければなりません。
萩原 国政選挙で有権者が意思を示すのが、一番の効果があるわけですから、国民の本当の利益を考えている共産党を中心とするグループを大きくしていくことを追求しなければいけないと思います。しかし多くのマスコミは、自民か民主かという構図を描き出していますが、そういう露骨な二者択一の構図を打ち破ることが、長い目でみても大事ですね。
佐々木 そうです。今日の話の中で触れられたように、「二大政党」論のバックには財界の２１世紀戦略があることを暴露して、国民とともにそれを打開する活動を広げたいと思っています。
日本共産党の参議院での議席はいま九議席ですが（改選五議席）、１０議席になると議院運営委員会に出られます。１１議席になると独自の議案提出権が回復できます。国民の命とくらしをまもるかけがえのない議席であることを訴え、増やしていきたいと思っています。日本共産党には８５年の反戦・平和の歴史があります。「靖国派」が占める安倍政権の、歴史の流れを逆行させる危険な策動と正面からたたかう日本共産党は、今の時代の希望だと分かっていただけるように、反戦・平和の党の歴史をアピールして、全体として日本共産党の存在感を再認識してもらう取り組みをしたいと思っています。
編集部 対談のテーマである日米経済関係の異常をただしていくためにも、今度の参議院選挙は本当に大事になることを確認して対談を終わります。ありがとうございました。
