憲昭からの発信
書評――品川正治著『戦争のほんとうの恐ろしさを知る――財界人の直言』
『経済』2006年12月号
本書が、胸にずしりと響く力強い説得力を持っている理由は、インタビューや講演をまとめたことからくる分かりやすい語り口にあるだけでなく、筆者・品川正治氏自身の戦争体験にもとづく心の叫びが、伝わってくるからである。
品川氏は、現在、経済同友会終身幹事、国際開発センター会長という肩書きを持つ、れっきとした財界人である。財界の中に身を置きながら、明確に戦争への動きに反対し憲法9条を断固守る括弧とした態度をしめしていることに新鮮な驚きを覚えるとともに、その真摯な姿勢に胸を打たれる。
品川氏は、自分を「現実の戦争に参加し、本当の飢えも経験した兵隊」と述べている。旧制三高(現在の京都大学教養課程)に在学中の20歳の時に兵隊にとられ、数ヶ月後に中国1240高地の山頂近くの戦闘に加わった。その体験を次のように書いている。――「凄まじい土煙、火の柱、地獄絵さながらの阿鼻叫喚が目の前で繰りひろげられ」たと述べ、数次に渡るその戦闘の最中に「私の斜め後ろの岩を掠めた迫撃砲弾が炸裂した瞬間、激痛が腰に走りました。右足に迫撃砲弾の破片が突き刺さったのです。……突然、目の前が真っ白になりました。何も見えないまま、頭も胸も腕も足も熱い鉄棒で同時に滅多打ちされている感じで、声を上げる暇もなく迫撃砲の直撃に吹っ飛ばされてしまいました」。――この臨場感あふれる体験描写は圧巻である。
品川氏は、戦闘で右膝をはじめ4カ所に迫撃砲の破片を受け、行軍中に南陽熱(マラリアの一種)や赤痢にかかり、栄養失調のため65キロの体重が30キロ台までやせ細ったという。まさに、生死の狭間を彷徨う体験である。また、戦場で死に直面し、故郷に残してきた妻を想って地に伏して泣き咽ぶ下士官の姿があった。それをみた兵士が、「あいつは俺の代わりに泣いてくれとるのや、あいつの涙は俺の涙や、もっと泣け、とことんまで泣いてくれ…」と言う。品川氏は「これほど胸の打つ言葉は思い出せない」述べている。その感情がひしひしと伝わってくる。
もうひとつ印象的なのは、中国の人々とのかかわりである。日本軍の物資輸送のために駆り出された「苦力」(クーリー)と言われる肉体労働者があったが、品川氏がそのなかに混じっていた「知識人」とみられる人物と話をした。そのとたん、厳しい剣幕で飛んできた下士官から続けざまに激しいビンタを浴び、口の中いっぱいに血が溢れる。その夜更けに歩哨に立つことになった。そのとき、トーチカから飛び出してきた「捕虜」の女性の逃亡をとっさの判断で助ける。それを疑った駐屯部隊隊長による厳しい追及があったが、「豪胆」な班長によってその追及から免れる。……
短期間ではあるが衝撃的な経験を経て、品川氏は次のことに「はっと気がついた」という。それは、「他国に来て、しかも武力でその地の人々に、たとえようのない苦痛を強いている」という事実の重さである。それは「人間としては到底担い得ない重い十字架だ」と述べている。他国に派兵された侵略軍の兵士であることから生まれるこの感覚が、その後の品川氏の発想の土台を形づくっていくことになる。――おそらくこれは、いまの泥沼状態のイラクに、派兵された米兵の感情とも共通するものではないだろうかと、私は思う。
このような「戦地体験」を経て、品川氏は生涯揺らぐことのない「原点」を自らの心身に刻み込むことになる。それは、次のようなものであった。――「国民の目で国家権力を見る。兵士の目で戦争を見る。飢餓の目で食を見る。大日本帝国とは決別して祖国日本を思う」。財界の中に身を置きながらも、戦争に反対し憲法9条を守ろうとする確固たる姿勢は、戦争体験に裏打ちされた揺るぎない心の「原点」から発せられたものであった。
品川氏は、戦争は「国が起こす」というが、「戦争を起こすのも人間ならば、それを許さない、必死になって止めようと努力するのも人間だ」と述べている。自分はそれを座右の銘・座標軸にして「その後60年に及ぶ生涯を送ってきた」という。心意気が伝わってくる。その立場から、改憲を求めるようになった政界・財界をきびしく批判し、「私は経済界にいても、彼らと共犯者には絶対になりたくない。それだけは私の命をかけてもやりたくない」とのべている。そのうえで「紛争を戦争にしない」ための最大の歯止めが、憲法9条2項だと力説する。
品川氏は、憲法や靖国問題だけでなく、さらに新自由主義の考えを根本的に批判し経済団体や企業経営者のあり方を問い、日本経済の将来にまで大きく視野を広げる。21世紀の課題として世界から貧困をなくすこと、国民生活優先の経済への切り替えなどを求めている。「国家は国民のものであり、企業のものではない。ましてや、ひと握りの『勝ち組』経営者のものではない」。「政治というのは、あくまでも市民社会の論理によってなされるべきで、企業社会の論理を使ってはいけない……。経済界は節度を心得るべき」だと言う。そのうえで、「日本経済のシステムを」平和憲法にふさわしい方向に切りかえるべきだと訴え、日本経団連や経済同友会の財界主流とは、明確に一線を画す立場を表明する。
その基本方向は、新自由主義から抜け出して国民中心の経済に切り替えることである。経済界のなかからの発言だからこそ、重く説得力がある。その立場は、私たちの基本路線とも共通するものである。品川氏の発言は、日本を変革する幅の広い階層との共同の無限の可能性を示唆している。
品川氏は、道理を説いているだけではない。人々に行動に立ち上がることを呼びかけ、奮起を促している。――「やはり産業の声をきちんとあげていかないといけない。市場の声だけではなく、それぞれの生産点での労働者の声をあげていくべきだし、弱者をあくまでも守ってゆくという労働者の声がもっと出てこないと、新しいシステムをつくるための条件が整わないのではないか」と。それは、まさに私たちがやるべき仕事である。
品川氏は、この本で“人間はどう生きるべきか、どう行動すべきか”と、深く問いかけている。すべての方々に読んでいただきたい一冊である。
(新日本出版社・定価1680円=税込)