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財政(予算・公共事業) (予算案)

2006年02月24日 第164回 通常国会 予算委員会≪公聴会≫ 【336】 - 質問

予算委員会公聴会 有識者らが公述<午前>

 2006年2月24日午前と午後に、衆議院予算委員会の公聴会が開かれ、2006年度予算案について有識者・学者が公述し、日本共産党から佐々木憲昭議員が質問しました。
 午前の公述人は、田中直毅氏(21世紀政策研究所理事長)、逢見直人氏(日本労働組合総連合会副事務局長)、植野大作氏(野村證券金融経済研究所経済調査部シニアエコノミスト)、木下武男氏(昭和女子大学人間社会学部教授)です。

議事録

【公述人の意見開陳部分と佐々木憲昭議員の質問部分】

○大島委員長 これより会議を開きます。
 平成18年度一般会計予算、平成18年度特別会計予算、平成18年度政府関係機関予算、以上3案について公聴会を開きます。
 この際、公述人各位に一言ごあいさつ申し上げます。
 公述人各位におかれましては、御多用中にもかかわらず御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。平成十八年度総予算に対する御意見を拝聴し、予算審議の参考にいたしたいと存じますので、どうか忌憚のない御意見をお述べいただきますようお願い申し上げます。
 御意見を賜る順序といたしましては、まず田中公述人、次に逢見公述人、次に植野公述人、次に木下公述人の順序で、お一人20分程度ずつ一通り御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 それでは、田中公述人にお願いいたします。
○田中直毅 公述人(21世紀政策研究所理事長) 痛みなければ利得なしという、非常に厳しい国民にとっての予算状況の中で、日々御審議いただいております先生方に感謝申し上げます。
 きょうは、来年度予算案について、基本賛成という立場からお話をさせていただこうと思います。
 そして、現在、歳出と歳入改革を一体として行うべきだという大きな路線設定がなされているというふうに理解しておりますが、それを考えるときに、経済情勢がどのように現実に推移してきているのか、経済分析を業といたしています者の立場から、きょうはお話しさせていただこうと思います。
 図表を4枚用意してございますので、それに沿ってお話をさせていただきます。
 第一の図表は、これまで日本の経済財政運営において、不景気がありますと補正予算を積み上げて何とか痛みを和らげようとする、そういう対応がなされてきたという事実がございます。これは、小泉政権が成立する直前までそういう対応がなされてきたわけですが、その結果何が起きたのかということを、できるだけわかりやすくグラフにしたものでございます。
 出ておりますのは、90年代に入りまして、大型の補正予算を組んで景気対策を行いますと、その後、円高がやってくるという経緯でございます。円高がやってまいりますと、どうしても輸入がふえ、輸出が抑制されますので、名目GDPの伸び率は、補正を組んだにもかかわらず、なかなか景気がよくならないということになっていることがおわかりかと思います。
 このことは、とりわけ1994年、これは1ドル80円という異常円高をつけたことがございますが、その前に補正が相当組まれているという事実がございます。それから、90年代後半にこれもまた補正を大幅に組んだわけでございますが、その後は円高という形になっておるわけです。
 これは、なぜこういうことが起きるかといいますと、変動相場制のもとにおいて、実は財政金融政策の運営というのは100%の自律性を持っているわけではないという厳しい現実でございます。
 補正を組みますとどういうことが起きますかというと、従来に比べますと、それだけ国内の景気を、局部的ではございますが持ち上げることになります。そのことが金利を高くすることによりまして円高を誘導するということにつながるわけでございます。変動相場制のもとでは、景気が悪いからといって財政支出をふやしますと、円高を通じてその分だけ日本の需要の積み上がりが阻害されるという関係がございます。
 こうした事実関係がどうもありそうだということについては、実はもう40年ほど前から経済学者が言及していたことでございまして、1960年代からそういう論文がございます。残念ながら、日本人ではございません。マンデルとかフレミングとかという経済学者の名前を通常引用するわけでございますが、変動相場制がまだ全般的に導入されてはいなかった60年代の終わりには、そうした事実がある種公知として広く知られているところとなったわけでございます。
 ただ、この点については我が国における理解は必ずしも十分ではなくて、国家公務員試験を受けられる方がテキストブックとして使われています経済学の教科書には、この点はほとんど書いてございません。代表的な教科書にはこの点が書いてございませんので、ひょっとしたら霞が関の経済担当のお役所の方々も十分には御理解しておられなかったのではないかというふうに、今、ヒアリングを通じて確かめたわけではございませんが、そのように私は思っております。
 いずれにしろ、景気が悪いから歳出をふやせとか補正を組めという話は何度でもやってまいりましたが、これが実は失敗のもとだったというのが1990年代の総括だというふうに思います。小泉政権の登場は、まさにそうした失敗の総括の上に、景気が多少悪いからといって補正予算を組んだりはしないという対応をとったというのが基本姿勢だと思います。
 結果はどうなったのか、いろいろ評価はあろうかと思いますが、ここで、第1図では2004年度までしかございません、2005年度はこの3月末まででございますので。補正は確かに今年度明らかになっていますが、ここで挙げます名目GDPや期末の為替レートについてはまだ入れてございませんが、御存じのように、名目GDPもどうやら3%台には乗ったようでございますし、為替レートにつきましても、この2004年度末に比べると円安に推移しているわけでございます。そういう意味では、足元においても、景気が悪いからといって財政支出を積み上げるというやり方は正解ではないということが出ているように思います。
 恐らくこのことは、予算委員会の先生方にとっても、そんな話というのはいつからあるんだと言われるかもしれませんが、実は、そういう因果関係については英語の標準的な教科書にはずっと書いてあることでございまして、我が国、私どもの同僚をとやかく言ってもしようがないんですけれども、日本の教科書にはなかなかその点が書いてございませんので、ちょっと失敗が長引いたかなというふうに思っております。
 二番目に指摘したいのは、今、政府部内でも、名目GDPの成長率と長期金利とは一体どっちが大きいのか小さいのか、今後の絵姿を考える上でこれは重要だという指摘が何人かの方々からなされております。
 そこで、図2をごらんになってください。図2は、我が国における名目GDPの伸び率と、それから国債の利回り、それから米国の長期金利をとっております。
 1980年代の前半まで、我が国では、国債は実質上簡単には売り買いはできないというふうに認識されておりました。そこで、利付電電債とかそういうものを使って長期金利の推移を見るところでございますが、今回は予算でございますので、足元、この十数年のところだけごらんになっていただければと思いますが、我が国の長期金利の推移と一番似ている動きは何かと見ていただきますと、米国の長期金利でございます。
 米国の長期金利の方が我が国の長期金利よりは高いわけでございますが、これがボルカーの就任、1979年にボルカーが連銀の議長に就任しております、グリーンスパンになりましたのは87年でございますが、一貫して米国の長期金利が下落傾向をたどる、とりわけ90年代においては明瞭な下落傾向をたどっておるわけでございます。
 我が国の長期金利は、特に90年代、新発債をどんどん出しましたので、こんなに国債を発行していれば長期金利は我が国では上がってしまうのではないかという懸念を非常に多くの人が言いましたし、私もそういう可能性は一般論としてはあり得るというふうに思っていたわけでございますが、経緯をごらんになっていただきますと、我が国の長期金利はこの間一貫して低下しております。
 名目GDPの伸び率との対応というものよりも、米国の長期金利の下落に引っ張られてと、グラフの読み方というのはいろいろありますので、どれが因であり、どれが果である、因果関係だというふうに読むのはそんなに簡単ではございませんが、しかし一応、例えば16、7の高校生にお話をするというふうに考えますと、このグラフの中で何と何との関係が一番ありそうだというのを、心を平明にして見てくださいと言えば、そして気になっているのは我が国の長期金利だということでしたら、どうも米国の長期金利ではないかというのが普通の答えだろうと思います。
 これは何かといいますと、グローバル経済のもとにおいて、やはり金融秩序をつくり上げている国と、その金融秩序に依存してその傘のもとにある国というのが現実に生まれてしまっている。グローバライゼーションというのは、実は、規律を持った国から規律をおかりして我が国の規律とするという仕組みが実際には成立してしまっているという面がございます。
 もちろん我が国でも、いつまでも米国の金融秩序の傘のもとにあっていいわけではございませんので、数年前に日銀法の改正を行いまして、日銀のボードは眠ったボードではないということで、政策審議委員をそれぞれ選出いたしまして、その方々の独自な討論を通じて日本の金融政策を決定するという仕組みをやっと導入するようになったわけですが、その前というふうに考えますと、これは眠っていたボードだと。まあ、俗称でございますが、内部におられた方がそう言われているわけじゃないんですが、観察している者は、あれは眠っているなと言っていたわけですが、眠っているということは金融政策に規律が確立しない。
 アメリカの連銀の仕組みも、長い間にいろいろな実践例を積み重ねることを通じてどうやらこういう規律を確立した。我が国は、この規律をかりる限りにおいて長期金利の反騰を避けられたという関係があるように思われます。
 そこで、それでは我が国の財政金融政策というのはどういうふうに機能しているんだ、マクロ経済政策というのは何も要らないのかという議論がもたらされます。
 3の図をごらんになってください。これは、日本銀行が発表しています、昔は卸売物価というふうに称しておりましたが、最近は企業物価指数というふうに名前を変えております。内容はほぼ同様でございますが、普通で考えますと、工場からの出荷段階における値段を拾っているというのが企業物価指数でございます。通常はこれは一本で、千品目を超える品目の加重平均で発表しておりますが、内容を詳しく見るためには分けて考える必要がある。
 ここで、90%点から10%点まで、10%刻みで線が引いてございます。これはどういうことかといいますと、千を超える品目のうち、対前年同月比で一番値下がりをしているものから順に考えまして、ちょうど10%に当たるところというのを10%点というふうに考えます。そして、前年同月比で一番値下がりしているものから番号をつけまして、20%相当のところを20%点というふうに呼びならわすわけでございます。
 そのように考えますと、例えば90%点というのは、2003年の後半から2004年にかけまして大変高騰しております。これは、いわゆる卸売物価の中の10%程度、構成品目の中で10%ぐらいに相当するものでございますが、ここには、例えば中国経済の過熱の影響があるというふうに考えてよかろうかと思います。
 ちなみに、鉄鋼製品は、この上昇のときに90%点に相当するように上がりまして、最近は、鉄鋼製品は80%点ぐらいのところに推移してございます。そして、昨今のように原油価格が上がりますと、原油価格はこの90%点より上に位置する、こういうことになっておるわけです。
 10%点は現在でも対前年同月比で3%のマイナスになっております。ここまで改善してまいりましたが、しかし、3%程度の前年比下落を続けています。
 では、これは不況でかわいそうだなというふうに一般に思われるかもしれませんが、例えばエレクトロニクスがここに入ります。薄型テレビの値段がどんどん下がってくるというのは御存じのような経緯でございますが、そういうものに引っ張られまして、今でも電子製品については対前年比マイナスでございますが、では、これは意味がないかといいますと、この業界における競争を通じてこれが実現しているのであり、業界内において企業戦略の失敗があるところは、シェアを落としたり、どこかの時点で市場から退出しなければいけないということがあるかもしれません。しかし、それは競争社会においてはあり得ること、あるいはあり得べしという形で多くの国民は理解しているのではないかというふうには思われます。
 そのように考えますと、それぞれ、物価のパーセントポイントで分類しましたもの、いずれも右上がりを見せておるわけでございまして、どうやら、時間はかけてはございますが、情勢の改善は見られるということでございます。
 ちなみに、ここで40%点と50%点は重なりまして、対前年比ゼロをしばらく続けております。したがいまして、今でも明確な対前年比プラスは5割しかない、ゼロが20%ぐらいあって、マイナスが30%あるというのが現在の工場渡し値段の大ざっぱな推移だというふうに考えていただいたらいいかと思います。
 ここで、では金融政策はこれを無理やり引き上げることが望ましいのかというふうに考えますと、それぞれの業界において調整をされております。長い目で見て、企業経営の持続性から考えて、調整すべきものは調整すべきというふうに考えて、個々の企業経営者が御努力なさっております。それからいきますと、現在の物価の決まり方に異常性はない。
 非常に大ざっぱな議論をされる方の中に、デフレは依然として加速しているではないか、デフレからの脱却を図るために金融政策により一層の踏み込みが必要なのではないか等々の議論がありますが、これはもちろんいろいろな見解があるところでございますので、そういう見解も世の中にかなりあることは承知の上で申し上げておりますけれども、私は、この企業物価指数の推移を10%ポイントずつ区別して見ますと、どうやら日本経済に正常なリズムが戻ってきている、そういう形としてこれは見るべきではないかというふうに思っております。
 そのように考えますと、それでは、一体、財政政策とか金融政策というものは、日本の景気を考える上で何もしなくてもいいのか、そこから手を引いてしまえばいいのかというと、決してそうではないというふうに思っております。
 冒頭のこの紙のレジュメの4番目に書きましたものがそれを示すレジュメでございまして、我々はやはり、歳出は一体何に割り当てられるべきか、国民の負担を背景としていますから、一体何が重要なのか。もちろん、歳出と歳入の不均衡を持続しますと大変問題が多いわけですから、将来足元をすとんとすくわれるかもしれないというリスクをだんだん膨らませることになりますので、財政の不均衡が膨れ上がるということは、これは困ることだというふうに皆考えております。
 我が国において、2003年後半以降、民間設備投資が上昇に転じた大きな理由は、企業経営者が日本をもって投資するに値する場所だという評価をし始めた、従前に比べるとそう考える人がふえた、あるいはそれについての確信をふやす人がふえたということでございます。
 現在のグローバル経済そして企業のグローバル経営を考えますと、どこに設備投資を行うのか、我が国に行うのか周辺アジア諸国に行うのか、あるいは欧米に行うのかは、実は選択肢の範囲という面がございまして、我が国で設備投資が出ませんと我が国の職場はふえない、我が国においてスマートなといいますか、快い形の所得を得る職場はふえないという大変冷厳な事実がございます。そういう意味では、我が国において、我が国がリスク遮断が行われ、投資に値する国だということを象徴づけるためには、財政不均衡を放置してはならない。これは、何が起きるかわからないということでございます。
 最後の図の4に、米国経済をとってございます。
 米国経済においては、今、名目成長率の伸びと対比しまして長期金利の伸び率が低くなっております。グリーンスパンはこれをなぞと言って退任したわけでございますが、この米国の長期国債が安定している理由として、やはり、中国からは労働集約的な製品、日本からは資本財や重要な部品を初めとした工業製品の値段が上がらない、投資が我が国において行われ、我が国から重要な機材や重要な部品が米国に安い値段で出し続けられるということがこれを生んでいるわけでございます。
 グローバル経済のもとにおいては、いわばサバンナにおけるライオンとシマウマと草の関係があるように思います。ライオンは強いからどこまでもふえるかというと、そのサバンナにいるシマウマの量に依存するわけでございます。ではシマウマは何かといいますと、草原に生えている草の量に依存するわけでございます。このライオンとシマウマと草の関係において、お互いに依存関係を深めている。
 確かに、金融秩序については米国からおかりしている面がございますが、工業製品の安定した背景には、もちろん、生産性の向上とか創造と挑戦を繰り返す日本の企業群があるわけでございます。それがあれば、原油の価格がたとえ値上がりしたとしても、重要な工業製品あるいはその部品というものの値段は上がらない。それを米国は享受できるということになりますと、米国において長期金利は上昇しない、将来についてのインフレのリスクというのは米国においてとめられているという面がございます。
 そういう意味において、世界じゅうが相互に関係し合いながら動いておりますので、我が国において重要なのは、米国でもたまたまこの十数年はよろしかったのですが、その前の十数年は、御存じのように米国も大変つらい思いをしました。いわば秩序ができない時代がございました。米国が果たして21世紀ずっと秩序を持ち得ているかどうかということについては、世界の多くの人が願ってはおりますが、それが保障されるわけではありません。
 日本について言えば、十数年は大変ひどい、秩序をなくした時代が続きました。そういう意味では、我が国が秩序を確立し、リスクを封じ込めることを通じて世界に貢献するということは極めて重要でございまして、歳出は、国会で不必要あるいは優先順位が低いと思われるものについては思い切った切り込みをしていただき、そして、財政収支の不均衡についてはできるだけこれを封じ込めるような御努力をしていただく。それを国民も支えるということを通じて、世界の秩序を日本もまた支えるという側に回るために御尽力いただければと思います。
 どうもありがとうございました。(拍手)
○大島委員長 ありがとうございました。
 次に、逢見公述人にお願いいたします。
○逢見直人 公述人(日本労働組合総連合会副事務局長) おはようございます。連合で副事務局長を務めております逢見です。
 本日は、働く者を代表する立場から、昨今話題となっております格差問題、なかんずく格差拡大という問題につきまして連合の認識を御説明させていただきまして、予算委員会における審議の参考に供させていただきたいと思っております。
 さて、昨年からことしにかけまして、公共交通の大事故、耐震偽装問題、米国産牛肉輸入とBSEにかかわる問題、子供の殺害事件など、安全、安心にかかわる極めて重大な社会問題が起こっております。これらの点について細かく議論することはいたしませんが、今我が国に何より求められているのは、安全と安心の社会だと思います。安全に働くことができ、安心して暮らし、子供が産め、老後を迎えられ、仮に失敗しても再挑戦可能な社会が必要だと思っております。
 そういう社会を実現させていく政策を考える上で、その前提となる問題意識、すなわち格差についてでございますが、昨今は格差が拡大し、それが行き過ぎているのではないか、つまり、安全と安心の社会から遠ざかっているのではないかと考えるところであります。もちろん、格差の全くない社会などあり得ないわけでありますが、しかし、それが行き過ぎているところに今日の我が国の問題があるのではないかと思っております。
 格差はここ数年拡大していると実感しております。客観的な資料からもそのことは明らかだと思っております。しかし、内閣府は1月19日の月例経済報告で、格差拡大の論拠として所得、消費の格差、賃金格差等が主張されているものの、統計データからは確認できないという見解を示しております。また、小泉総理は、この報告を受けてのことであると思いますが、国会において、格差拡大は誤解であるという答弁をされたという経緯がございました。
 そこで、私ども連合としては、この格差問題の認識について発言させていただくこととした次第であります。お手元に資料を用意してございますので、参考にしながらお話しさせていただきます。
 まず、内閣府が見かけ上の格差と判断された根拠は厚生労働省の所得再分配調査に基づくものと思いますが、この資料によれば、「ジニ係数上昇の背景には、近年の人口の高齢化による高齢者世帯の増加や、単独世帯の増加など世帯の小規模化といった社会構造の変化があることに留意する必要がある。」という認識に立って、これらの要因を除いた上で、所得格差の広がりは小さい、こういう分析をしていると理解しております。
 しかし、この資料は、急速に格差が拡大していると我々が認識しておる直近のデータに基づいたものではありません。このデータは2001年までの数値しか示されておりません。また、調査結果は世帯所得を対象としておりまして、各個人の労働所得格差については明らかになっておりません。そもそも、高齢者世帯における格差そのものについても、決して無視できる問題ではないと思っております。
 格差に関する統計分析については、資料の1ページにございます総務省の全国消費実態調査、これによるジニ係数の推移によりますと、30歳未満の若年世帯で格差が拡大していることが示されております。また、2005年5月に内閣府経済社会総合研究所が公表した「フリーターの増加と労働所得格差の拡大」、これは資料2ページに載せておりますが、この報告書では、1990年代後半から最近にかけて、個人間の労働所得格差が拡大していること、いずれの年齢層でも格差が拡大していること、特に若年層でその拡大のテンポが速いということが指摘されております。
 また、国際比較におきましては、OECDのワーキングレポート2002、これは資料の3ページでございますが、ここでは、OECD諸国では近年所得格差が安定しつつある中で、日本は各国よりも所得格差が大きく、しかも悪化してきており、貧困率も高いという結果が示されております。
 私ども連合のシンクタンクであります連合総研では、日本の可処分所得のジニ係数や貧困率が高い要因として、日本では他のOECD諸国に比べて政府の社会保障給付及び税による所得格差の縮小策が貧弱であること、日本ではパートなど低賃金労働が広範に存在し、この勤労者が低所得層を形成し、貧困比率の高さを生み出していることなどを指摘しております。
 このような点を踏まえますと、小泉総理が国会において格差拡大は誤解という答弁をなされたことに対しても、私どもとしては大きな疑問を感じざるを得ません。
 同時に、マクロ統計のみをデータとしてとらえ、統計データからは格差拡大を確認できないという月例経済報告における内閣府の認識についても、強い懸念を感じます。所得、資産格差の拡大や雇用の二極化、貧困、生活困窮層の増加など、国民の労働、生活現場で現実に起こっていることを十分認識される必要があるのではないかと思います。
 私どもが認識している格差の実態について、所得と資産という点から申し上げます。これは資料の四ページでございます。
 年収300万円以下の世帯、今、大卒初任給が20万ぐらいだと思いますが、月20万ぐらいで生活している人が年収300万世帯ぐらいになろうかと思いますが、それ以下で暮らしている世帯が2003年で28.9%、1999年と比較して5.1ポイントふえております。さらに、年収200万円以下の世帯が18.1%と、5、6世帯に1世帯を占めるようになっておりまして、これは明らかに低所得層が増加していると言えるのではないかと思います。
 これは、高齢者、年金生活者世帯が増加しているという側面もあろうかと思いますが、それだけではないのではないか。社会問題化しているフリーター、ニート問題でも明らかなように、若年層の低所得者も増加しており、そういう不安定な雇用形態の若者が、正社員などに移行できず、そのまま固定化する傾向すらあることを考えますと、格差の存在はもちろんのこと、少子高齢社会を迎え、国際競争が激化していく中で、この先の経済、社会に大変悪い影響を及ぼすのではないかということを懸念しております。
 先ほども申し上げましたように、2005年5月の内閣府経済社会総合研究所「フリーターの増加と労働所得格差の拡大」の中では、「労働市場の変化の中で、最近では、所得格差は拡大しているのではないだろうか。」という指摘がされております。
 それ以前の格差認識については、非正規雇用者までカバーされていなかったことが問題だということで、その報告ではそこをカバーする統計を用いまして、「いずれの年齢層でも格差は拡大しているが、特に若年層でその拡大テンポが速い。この若年層内における格差の拡大は、フリーター化など非正規雇用の増大の影響が大きい。 若年層の間での格差拡大は、日本社会の将来の姿を先取りしたものである可能性もある。」と、非常に現実的な分析をされております。これは、私ども現場での実感を非常によくあらわした分析だと思っております。
 次は、資産の面についてであります。
 資料の五ページでございますが、貯蓄保有世帯の平均額が2005年で1544万円。これは97年に比べまして20%増加している。その一方で、貯蓄ができない世帯が全世帯の4分の1近い23.8%も存在しております。年金を初めとする社会保障に対する将来不安の問題は、2年前の年金制度改革で大いに世間をにぎわせましたけれども、抜本改革が先送りされ、将来に不安があるにもかかわらず貯蓄ができない世帯がこれほど増加していることは、非常に懸念されることだと考えております。
 これら格差の要因の一つは、明らかに雇用形態の変化であります。働き方の二極化が進行しております。企業のリストラなどの結果、正社員が減らされ、パートなどへの置きかえが急速に行われました。この10年間で正社員が400万人減った一方で、パートタイマーが650万人増加。これは資料の6ページに載せておりますが、このような働き方をされている4割近くが月収10万円以下という、非常に低い賃金水準となっております。
 このような所得、資産の格差拡大を背景に、生活困窮層が増加していることも統計的に明らかになっております。
 1つ飛ばして8ページでございますが、貧困率という指標がございます。これは、日本はOECD主要国でアメリカの17.1%に次いで2番目の15.3%となっております。国際的に見ても日本は格差の大きい国と見られております。
 その他、9ページには、生活保護世帯が2005年で104万世帯となり、1997年と比較して約7割もふえております。
 そして、10ページですが、自治体から援助を受ける就学援助制度の利用者が、2004年度で133.7万人。ここ4年間で36.7%、これは給食費が払えないとかあるいは修学旅行に行くお金がないという形で援助していただく子供さんの数ですが、これだけ増加しております。
 さらに、国民健康保険料長期滞納のために保険証が使用できない、いわゆる無保険者が、この4年間で3倍の30万世帯になっているという実態もあります。まさに格差大国になっていると言わざるを得ないと思います。
 さてそこで、なぜこのような格差の拡大、二極化が進行したのかということですが、直接的には、長期デフレのもとで、労働者にしわ寄せする形でマクロ的な分配が行われてきた結果であると思います。
 その背後にあるのは、構造的な変化として、アメリカン・スタンダードといいますか、そういう基準、市場原理主義に追随した短期利益追求の経営への変化があります。
 市場競争の過酷さを労働者に押しつけることによって格差が生み出されているのではないか。さらに、自己責任ということを強調することによって個人へのリスク転嫁を進め、セーフティーネットを縮小させる小さな政府論というものがこういう結果を引き起こしているのではないかと思います。
 二極化が始まったのは、我が国がデフレ経済下でマイナス成長に陥った1990年代の後半でありまして、この間のマクロ的な分配のゆがみが格差社会につながっているのではないかと思います。
 特に、98年以降の社会的な分配のゆがみの一つは、家計部門と企業部門における付加価値の分配が企業部門に偏ったことにあると思います。一人当たりの生産性が伸びた一方で、一人当たりの人件費は低下傾向にあって、その乖離がますます広がっております。
 労働分配率は、1998年度の65%から2004年度には61%にまで低下しております。厚生労働省の労働経済白書においても、企業収益の改善が賃金の回復に結びついていないことが指摘されております。勤労者世帯の家計収入は、ピークである1997年に比べ約1割低下しており、税や社会保障における負担増、給付減の影響とあわせ、年々厳しさを増しております。
 長期デフレへの対応策として、先ほども申しましたとおり、多くの企業は、正社員を減らし、パートや派遣、有期契約、請負労働といった非典型雇用労働者をふやすことで総額人件費を削減するという手段をとってきました。人件費コスト調整のしわ寄せがパート、派遣労働者などに集中することによって、全体的な所得格差が拡大したと言えると思います。
 次に指摘させていただきたい点は、経営姿勢の変化が格差社会への流れをつくった一因ということです。アメリカン・スタンダード追従の短期利益追求型への傾斜であります。
 日本の企業経営は、これまで経営の優先順位として従業員を重視するという姿勢があったと思いますが、これが、株主主権に変わったと言わないまでも、株主重視の姿勢をかなり強めてきたことによって、企業は、長期的、集団的で仲間動機に訴える雇用慣行から、短期的、個別的で市場動機に訴える人事施策をとるようになりました。その象徴的な動きが、中核的労働力とパートや派遣などを分離する、いわゆる雇用ポートフォリオという施策、あるいは成果主義賃金の導入であると思います。そして、これを後押ししたのが、非典型労働分野での規制緩和を進めたことの政策にあると思います。
 我が国の労働現場は、職務や役割の区分が明確な英米とは異なって、人に仕事をつけて、チームでカバーし合いながら組織目標を達成し、その中で人を育成していくという職場が多いというのが実態だと思います。そして、これが日本的な強みであったと思いますし、今日でもそうだと思います。こうした実態を無視したところでアウトソーシングを進めた結果、職場では今、現場の総合力が落ちているということが大変問題になっております。
 公正な処遇と人材育成という視点を欠いたまま雇用形態の多様化だけを先行させていることが、格差拡大の大きな要因になっていることのみならず、それが労働者の不満を高め、職場を分断化し、個別労働紛争を増加させている、そして、現場において総合力を低下させているという結果になっている。これは大変大きな懸念材料だと思います。
 また、投資ファンドが関与する企業買収の動きが活発化していることも、株主の権利ばかりが声高に叫ばれ、従業員の声が無視されているという流れを加速させております。
 企業にとって株価が重要な企業価値の面があることは否定しませんが、本当の企業価値はそこに働く従業員によって成り立っている側面が極めて大きいということを強く訴えたいと思います。とりわけ、ライブドア問題などはその最たるものと言えます。この件は捜査中ですのでこれ以上の発言は控えますが、ライブドアはITとは無縁で、単に株式市場を舞台にした、まさに虚業であったことが明らかになりつつあります。こうしたマネーゲームの風潮については極めて強い懸念を持っております。
 さらに指摘したい点は、小さな政府の名のもとに、一方的な負担増、給付削減の財政改革を進め、また市場原理に基づく自己責任原則のもとで個人へリスクを転嫁しようとする方向に政策のかじ取りが行われていることであります。
 市場万能主義者は、機会の平等さえあれば自助努力で挽回できると言いますが、自己責任では賄い切れないリスク、具体的には、その時々の経済や雇用情勢などで働きたくても働く場所がない、正社員で働きたいけれども雇ってくれるところがない、こうした側面の中で、市場競争がもたらす痛みが個人に集中しやすくなっていることが負け組を生み出す原因になっております。
 特に、社会の所得再分配機能が弱まっていることが格差拡大に拍車をかけていると言えます。課税前の所得とともに再分配後の所得も格差拡大を続けているということは、税金が高いと経済活力が低下するという一部の主張によって、所得税の税率のフラット化や、資産、財産収入への課税の軽減が行われてきたためにほかならないと思います。
 そうした中で、サラリーマンにねらい撃ちの増税が行われようとしていることについては、大きな懸念を感じます。恒久的減税措置とされてきた定率減税が今年1月から半減され、今国会では完全廃止の方向で審議が進んでおります。さらに、昨年6月に政府税調の基礎問題小委員会では、所得税の各種控除の縮小、廃止を盛り込んだ個人所得課税に関する論点整理をまとめたわけでございますが、これはまさにサラリーマンをねらい撃ちにした増税と言わざるを得ないと思います。多くの勤労者、サラリーマンが大きな不安と怒りを訴えております。現在でも不公平であると感じている税制について、どのように公平で透明な税制にしていくかという議論がないまま、取りやすいところから取るという安易な増税路線を進めると、貧富の差はますます拡大すると思います。
 社会保障についても、この10年間の制度改革は、負担増、給付減による財政上の対応を優先し、制度の抜本改革を先送りしてきたことから、制度に対する不信感が高まっております。
 社会的セーフティーネットから抜け落ちる人が増加し、公的年金では2号被保険者から1号被保険者へのシフトが起こっておりますし、さらに、1号被保険者の保険料未納者も、御承知のように、国民年金では四割近くの未納というところまでふえてきておりまして、将来の無年金者の増大が強く危惧されるところであります。医療保険でも、組合健保から政管健保あるいは国保へのシフトと同時に、健保財政の悪化も進んでおります。
 最後に指摘したい点は、ワークルールの破壊が不当な格差を生み出しているということです。最低限のワークルールさえも守られない職場がふえております。その一つは最低賃金であります。
 これは、資料の七ページで示すように、日本の最低賃金水準というのは欧米先進国に比べて決して高いわけではありません。その低い最低賃金水準すら守られていないという問題があります。
 北海道のハイヤー、タクシー労働者の最低賃金違反をきっかけに、全国で自主点検を行ったところ、5%の事業者で最賃違反が見つかった。これはあくまでも経営者が自主点検した結果でありまして、これは氷山の一角であって、実際にはもっと違反があるのではないかと思っております。
 また、不払い残業は依然として多くの職場で横行しております。具体的に申しますと、労働者からの自己申告で労働基準法違反を申告された事案が年間3万6000件に上り、これにより臨検監督をした事業場の7割に法違反が認められております。こうした違法行為の増加は、労働分野の規制緩和の一方で監督行政が徹底されていないことが大きな原因だと思います。こういう社会的規制こそむしろ強化されるべきだと思います。
 格差社会を乗り越えるためには社会的な分配を変えていく必要があり、そのためには、以下のような雇用、労働法制や、税、社会保障制度の見直しが必要であると思います。
 一つは、均等待遇の実現など、雇用形態間の格差の対応を図ることであります。
 均等待遇の原則が貫かれてこそ、労働者の働き方の選択肢として多様な雇用形態を生かしていくことが可能になります。2004年の統計では、男性のパート労働者の一時間当たりの平均賃金は1012円で、男性一般労働者の50.6%。同様に、女性では904円で、女性一般労働者の45.2%と半分以下になっております。もちろん、正社員とパートでは責任の軽重とか転勤や残業の有無とかという差もありますが、合理的な理由で説明できない、ただ単にあなたはパートだからというだけで、同じ仕事をしていながら正社員よりも不当に低い賃金で働いているという実態があります。
 また、待遇面では、パートには有給休暇というものがそもそもないんだと言われることも後を絶ちません。このような処遇に大きな格差があることは社会的な問題であり、これを克服していかなければならないと思います。ぜひとも均等待遇原則の法制化や有期労働契約のルール化を進めていただきたいと思っております。
 第二に、社会保障制度の改革であります。
 二極化、格差社会に歯どめをかけ、是正するためには、社会のセーフティーネットである社会保障制度の改革、再構築が不可欠です。制度の抜本的な見直しを通じて、安心、安全、公正な社会を実現することが喫緊の課題であります。
 今国会では医療制度改革関連法案が上程されております。この中には、連合が求めてきた主張が盛り込まれていた点もありますが、独立した高齢者医療保険制度の創設については、財政調整や最終的な責任主体が不明確であるということから見て、見直しが必要と言わざるを得ません。
 年金制度については、雇用形態にかかわらず、生涯を通じてすべての雇用労働者を対象として一元化を図ること、子育て世代が将来に希望を持って子供を生み育てられる子育て支援策を強化することなどが必要です。
 最後に、不公平税制の是正です。
 格差が拡大し、低所得、生活困窮層が増加している現状において、所得の再分配機能は今極めて脆弱になっていると思っております。取りやすいところから取る税制ではなく、ぜひとも不公平税制を是正し、公平で透明な税制改革を実現していただくようお願いいたします。また、定率減税の廃止につきましては、今申しました二極化の現状を十分に踏まえ、慎重に対応すべきだと思っております。少なくともその実施に当たっては、デフレからの確実な脱却を前提とすべきであり、持続的な経済成長に悪影響がないよう慎重に御判断いただくことを強くお願い申し上げます。
 以上、私の公述とさせていただきます。(拍手)
○大島委員長 ありがとうございました。
 次に、植野公述人にお願いいたします。
○植野大作 公述人(野村證券金融経済研究所経済調査部シニアエコノミスト) ただいま御指名いただきました野村證券の植野と申します。本日は、このようなところにお招きいただきまして、まことにありがとうございます。
 私は、現在、弊社金融経済研究所におきまして、内外の経済金融情勢をもとに、為替相場及び国際資本移動に関する調査、分析、予測に携わっております。平たい言葉で言ってしまえば、あなたは為替レートの予測をやりなさいということで、恐らく世の中で一番当てるのが困難な仕事だと思いますが、それを仰せつかって、ここ8年ばかり、野村グループの中で為替の調査について責任を持ってやっているものでございます。
 したがいまして、私、本日は、そういう立場にございますので、我が国が現在取り組んでいる財政再建、これを進めていく上で、必要不可欠あるいはチェックしていかざるを得ない環境として注目されております日本経済の現状と為替変動のリスクについて、私どもの見解をお話しさせていただきたいと思います。
 まず、日本経済に関しましては、御用意いたしました資料の表紙をめくっていただきまして、1ページ目をごらんになっていただけますでしょうか。
 結論から最初に申し上げますと、現在は、マクロ経済全体としては、比較的順調な回復、拡大過程にあるというふうに考えてございます。1ページ目の左に載せてございます2005年から2007年度の日本経済見通し、こちらが2月22日に私どもが公表いたしました経済見通しでございます。
 ポイントは大きく分けて3つございまして、一番最初は、上の水色のラインのところをごらんになっていただきたいんですけれども、民間内需主導で、日本経済は回復持続の蓋然性が非常に高くなってきているということでございます。
 私どもの予測に基づきますと、2005年度は3.3%成長、それから2006年度は3.1、2007年度は2.6ということで、比較的安定的なプラス成長を実質ベースで確保すると考えております。
 うち、その下の緑のところに赤い丸で囲ってあるところ、こちらがその成長率のうちどれぐらいが民間内需によるものかというものでございますが、民間内需主導という特徴が極めて鮮明になっております。すなわち、2005年度は3.3%成長のうち2.7%は民間の内需によるもの、2006年度は3.1のうち3.2というのが内需によるもの、それから、2007年度についても2.6のうち2.8ということになりますので、基本的には、2005年度、2006年度ともに3%台の成長を見込みつつ、民間内需主導でこういった成長が達成されるということが予想されております。
 すなわち、近年の景気回復の特徴としては、90年代、いわゆる失われた10年の特徴でよく言われているように、外需、つまり輸出ですとかあるいは公共投資、これに頼った成長というよりは、民間の活力を背景とした経済成長ということを見込むということですね。
 ポイントの2番目は、こういった環境の中で、長らく日本経済を悩ませていた宿痾と考えられていたデフレ、これも徐々に克服され始めているということですね。表の中では黄色い部分になりますけれども、赤い丸をつけてあるところが消費者物価の中から変動の激しい生鮮食品を除いたものでございますが、おおむね、グラフで御確認いただいてわかりますように、小幅ながらもプラスの伸び率に転じてくるというふうに考えております。したがって、今年度以降、徐々に日本経済はデフレからも脱却ということが見えてきていると考えております。
 この結果、現在のような景気拡大が続けば、恐らくことしの11月には、戦後最長の景気拡大記録として現在残っております、57カ月続きました1960年代のいざなぎ景気、これを上回って、戦後最長の景気拡大ということになるかと思います。
 したがいまして、今回の景気回復の特徴を3つのキーワードで示すとすれば、1つは民間内需主導、2番目はデフレ克服元年、それから3番目は戦後最長の景気拡大、こういったところになるかと思います。
 もちろん、経済は生き物でございまして、日々変動している内外の金融環境や政策変化によってさまざまな影響を受けます。その中には、よい影響を及ぼすものもあれば悪い影響を及ぼすものもあると思いますが、我々が注視すべきはやはり悪い影響を及ぼすもの、すなわちリスクだと思います。
 その中で、日ごろ為替相場を見ている私の立場としては、やはり気になるリスクは為替円高のリスクになると思います。先ほど田中先生も御指摘しておられましたが、なぜなら、このように日本経済に対する内外の評価が高まったり成長率が高まりやすい局面においては、円に対する評価も高まって、結果として円高になる可能性があるからです。この円高も、行き過ぎますと、企業収益を圧迫し、デフレ圧力を発生する源となりますので、この点には注意が必要、過去何度も我々が経験してきたことだと思います。
 この点について次にお話ししていきたいんですが、ページをまためくっていただきまして、2ページ目をごらんになっていただけますでしょうか。
 ただし、結論から申しますと、私は、日本経済を再び奈落の底に突き落とすような強烈な円高というのは起きにくいのではないかというふうに思っております。もちろん、数カ月、半年あるいは一年単位等で見れば、時々の循環的な要素によってある程度の円高、ある程度の円安という振れが起きる可能性はありますけれども、ここで私が強調しておきたいのは、非常に長い長期的な視野で見れば、ドル・円相場の変動は過去に比べて抑制され始めていると考えられるからです。
 2ページ目の左側のグラフをごらんになってください。こちらは、ドル・円360円から出発した1970年代以降、過去37年間ぐらいのドル・円相場の動きでございます。グラフはドル・円相場でございまして、上に行きますと、これは目盛りを逆にしておりますので、円高というものですね。
 こちら、ごらんになっていただいてわかりますように、例えば、10年単位でドル・円相場の変動をごらんになっていただきますと、1970年代は、360円が安値、高値が175円50銭ということですから、値幅は、赤いところに書いてございますが、184円50銭もあったわけですね。その間、変動率65%近く。80年代は、これが少し縮小してまいりまして、値幅に直しますと158円5銭、変動率約80%。90年代は、さらにこれが一段と縮小いたしまして、安値160円ぐらいから高値79円75銭ということで、80年代の約半分、変動率にしても六九%ぐらい。
 今世紀に入って、この傾向がさらに一段と縮小いたしまして、値幅は、2000年代に入って、今のところわずか33円64銭、変動率にいたしましても約30%弱という形で、1970年代初頭の変動相場制への移行後、各年代におけるドル・円相場の変動幅と変動率は、一貫して抑制される傾向にある。かつ、今世紀に入って、ドル・円相場、下値はまだ切り上がっているように見えるんですが、高値がようやく切り下がってきたようにも見えるということで、世界最強通貨円という状況が徐々に終わりを迎えつつあるのかなというような傾向すら見えるということですね。
 この原因は一体何であろうかということが非常に重要になってくるわけですが、考えられる理由としては3つぐらいあると思います。
 一つは、変動相場制移行後三十数年を経て、日米経済の格差がかなり縮小してきたということだと思うんですね。すなわち、変動相場制に移行した当初というのは、日本はまだ高度成長期から安定成長期に入る手前でございまして、世界の先進国を圧倒的に凌駕する高い成長ポテンシャルを持っていたわけですけれども、現在、人口の減少とともに徐々に日本の潜在成長率なるものは下がってきておりまして、その他の先進国に比べて圧倒的に日本が高い成長を遂げるというような状況ではなくなってきている。格差が縮小すれば、それの表現の場である為替の変動も縮小してくるんじゃないかということですね。
 それと、もう一つ言えますのは、この変動相場制移行の初期段階というのは、ドル・円360円からスタートした当初というのは、恐らく当時のドル・円相場というのは、今の中国人民元のように、のっけからすごくプライスのミスマッチというのがあったと思うんですね。つまり、当時の日本は、世界的に見ても非常に競争力のある製造業を抱えていながら、黒字も稼ぐ、しかしながら、輸出産業が為替固定相場の中で保護されていたわけですね。ほとんど今の中国と似たようなところ。
 したがって、変動相場制に入った用意ドンの初期の段階というのは、当初から本当にもう埋めていかなきゃいけない価格のミスマッチというのがあった。それを埋めていくためには、十分な値幅も必要であったし、かつ相場は円高傾向である必要があったと思うんですが、三十数年も変動相場をやっていくと、初期に発生していた大幅なミスマッチというのは徐々に解消されているのではないかということですね。これが1番目です。
 それから、2番目は、経済金融統計の整備と拡大によって正しい情報がマーケットに伝えられるようになった結果、過剰な、間違った価格のつけ方というのが起きにくくなってきているんじゃないか、あるいは規制緩和によって市場参加者の厚みが増してきている、こういったことが変動を抑制しているのではないかというようなことも言われております。
 それから、最近の、今世紀に入ってというところで私が大きいと思っておりますのは、情報技術革新による情報の共有化ですね。
 すなわち、これまでは多分、内外の投資家、海外の投資家と国内の投資家は、持っている情報に相当な格差が時間的に見ても内容的に見てもございました。しかしながら、現在は、インターネット取引等の普及によって、例えばアメリカの金融政策の情報などについても、英語さえ読めれば、夜更かしする覚悟があれば、ほとんど海外の投資家とリアルタイムで我々は情報を入手することができるというような状況になってきております。
 したがいまして、内外の投資家の情報格差が埋まる。あるいは、インターネット取引が普及すれば、各官公庁が発表しているさまざまな経済データあるいは詳しい内容についても、アマチュアの投資家だって、すぐにプロと同じ時期に見ることができるわけですね。恐らく、価格の変動というものが、いわゆるいい情報を持っている人といい情報を持っていない人の差によって発生しやすいというふうに考えれば、それがなくなることがこういった過度の変動の抑制に寄与しているという面もあると思います。
 それから3番目には、過去の試行錯誤を経て、日米ともに金融政策が市場との対話を重視し、時宜を得た運営のあり方を模索されてきたということで、マーケットを驚かす、つまりびっくりさせるような政策の変更というのが、過去に比べると総体的には起きにくくなってきているというようなことも背景としてはあろうかと思います。
 いずれにいたしましても、ドル・円相場は昔に比べると派手な変動が抑制される傾向にございますので、今後、数年単位で恐らく円高、円安への循環というものは起き得ると思いますが、昔のように、一たん円高になってしまうともう二度と返ってこないような非常に強烈な円高、あるいは日本経済の体力を急速に奪ってしまうような過度な円高というのは、現局面においては私は起きにくいのではないかというふうに考えております。
 経済の環境が民需主導で比較的よい状況にあるということも踏まえて考えますと、現局面というのは、我が国が長く取り組んでまいりました財政再建、これに取り組むべき絶好の機会が訪れているのではないか、このように考えております。
 以上でございます。(拍手)
○大島委員長 ありがとうございました。
 次に、木下公述人にお願いいたします。
○木下武男 公述人(昭和女子大学人間社会学部教授) 昭和女子大学の木下と申します。よろしくお願いします。
 私は、そこにありますA42枚のテーマでお話しします。何やら大学の講義のようなレジュメになってしまって恐縮ですが、ごらんください。
 私は、今到来しつつある格差社会に十分に配慮して予算編成をしていただきたいという立場からお話しします。連合の公述人の方も格差社会について触れられましたけれども、私は違った角度からお話ししたいと思います。それは、格差社会の問題を構造的にとらえるという視点です。つまりそれは、単に格差が拡大してきている、ないしはフリーターの増加が問題であるということにとどまらず、実は、戦後につくられた労働と生活をめぐる日本的システムが崩壊しつつあるという認識に立っているからです。
 本題に入ります。
 まず、格差社会の指摘というところですけれども、今、格差社会ないしは下流社会等々の言葉がはんらんしておりますけれども、私は、それは不正確であって、二極化社会というふうに考えたいと思っています。それは、これまでの日本の社会は十分に格差社会であったというふうに思っているからです。
 ここに引用しましたのは、1991年の国民生活審議会の答申、報告であります。ここに、企業中心社会、余りにも経済効率に偏った企業中心社会が、長時間労働、会社人間、単身赴任など諸外国に類を見ない勤労生活をもたらしている、この企業中心社会の変革が必要だというふうに述べていました。そして、その中で格差社会についてこのように触れています。個人の生活が過度に企業に依存してしまった状況下では、企業間の優劣が単に賃金の格差にとどまらず、従業員の生活全体に格差を生じさせてしまう、企業規模間の賃金格差は近年拡大傾向にある、教育機会や相続を通じて次世代にわたって継続していく場合があり、社会の不平等性の見地から問題になるというふうに言っています。
 ちょうど、亡くなったソニーの盛田会長は、日本的経営が危ないという論文を書いて、似たような問題意識でありました。こういった1991年状況のときには、かなりこういった企業中心社会や格差社会についての問題指摘があったわけであります。
 それでは、格差社会から二極化社会へというのはどういうことなのか、つまり、これまでの格差社会は一体どういうものであったのかということをお話しします。
 下の図、左のところを見てください。実は、格差社会の秩序と安定ということでこれまでの日本社会は形成されていたというふうに考えています。
 図は、96年の企業規模ごとの年齢別賃金カーブを描いたものです。企業規模別のカーブで、整然と、しかも序列化されていることがわかります。働いている者の世界では、日本のこの格差は、企業規模別に大変大きな賃金の格差がある、これは日本の特殊な年功賃金によるものでありますけれども、そのことは省きます。企業規模によって賃金格差が極めて大きい、そして、賃金の年収格差はやがて働く者の生涯所得格差を生み出します。
 そして、その企業規模間の秩序と、実は、大学、学校の格、序列というものが対応関係にあったわけです。つまり、この年功賃金カーブの一番上のトップのカーブに乗ろうとするならば、いい学校、いい大学に入らなければならない、こういった構造になっていたわけです。
 したがって、日本では、いい学校、いい大学、そしていい会社、こういったルートがつくられて、学校や大学の格を競う日本特有の学歴競争社会というものがつくられたわけです。そして、このことについて、親も子供たちも教師も、一応このルートに乗せることを暗黙の合意として、そして、そのルートに乗せるために勉強させていたわけでありますし、学生生徒は、ここから落ちた場合には、自分が勉強しなかったから、自分がだめだったからといって納得していたわけです。
 しかし、この格差社会というものは、実は、格差はあるけれども、私は、安定した社会、秩序があった社会だというふうに思っています。それを今の図の右のところで示しました。
 これは、下の長方形と上の台形が重なっています。下が学校、上が会社です。3月卒業、4月入社という日本特有の定期一括採用制度というものがありますけれども、このことによって学生生徒は、企業内の生涯の入り口に正社員として立つことができたし、そしてその中で、内部昇進制といいまして、日本特有のだんだんと昇進、出世していくという仕組みに乗っていったわけです。
 つまり、3月卒業、4月入社、昇進、出世、そして定年を迎える、これは企業の濃淡があって、大なり小なり差はありますけれども、しかし、このルートに多くの学生生徒は乗ることができた。これが格差社会の安定と秩序というふうに見ることができると思います。
 この格差社会へのインパクトというものがどのようなものであったのか、これが下のところで書きました下層の形成。1は失業者、2は有期雇用労働者、これは左のところが15歳から24歳までの男性の正社員と有期雇用の比率ですけれども、右の薄いところが正社員です。左が有期雇用というふうになりますけれども、これは就業構造基本統計調査で五年ごとの変化ですけれども、2002年のこの変化が大変大きいというところに注目していただきたいと思います。
 今、これは42%です。2002年段階で、この24歳未満の若者の42%は非正規です。そして、直近の2005年の労働力調査では、これが48%という結果が出されています。右が女性ですけれども、女性全体では53%、つまり、働く女性の多数派は有期雇用というふうに変化いたしました。
 そして問題は、上のところの二極化社会という図に戻っていただきたいのでありますけれども、この若年を中心とした有期雇用、失業者、無業者という若者の労働市場がだんだんと壮年や中高年へと拡大していく、こういったことが予想されるわけです。
 現に、昨年の国民生活白書では、フリーターの中心層が30代にかかり始めている、そういったふうに述べております。また、そこでは、これは25から34歳ですけれども、共働き世帯の4、5%がフリーターカップルだというふうにデータを出しています。あるいは、中高年フリーターという言葉も出ています。つまり、若者を中心とした労働市場の変化が、やがて日本全体の労働市場の変化を引き起こしていくだろうというふうに予想することができるわけです。
 これが右のところでありまして、これまでの台形と長方形が接していた、ここのところに、そのまま正社員になれない部分がある。流動的労働市場というふうに言いましたけれども、このことが形成されて二極化社会がつくられていくだろうというふうに予想することができます。
 次に、二極化社会についてのイメージですけれども、少しイメージでお話しします。
 左の下ですけれども、実現してはならないアメリカ二極化社会の例ということで、左のところの棒グラフを見てください。これは、アメリカの所得階層を五つに、最も低所得、そして最も高所得というふうに5分の1、5分の1、5分の1で分けています。上が、小さくて恐縮ですけれども、1947年から73年までの所得階層の伸び率を示しています。明らかに一番低所得の階層が所得は伸びています。しかし、下のこれは1973年から2000年です、低所得者は余り伸びない、高所得者は大変伸びているということがわかります。
 そして、二極化社会というのは、5割5割という分け方ではなくて、少なくともアメリカの場合は、右の高所得者の5分の1と5分の4に断層があるように感じられます。つまり、5分の1階層と5分の4階層というふうにアメリカは分かれているということであります。
 そして、右のところ、上層は、これはかなり言われていることでありますけれども、ゲーテッドタウンといいまして、一つの町に鉄さくをつくって、そこでライフルを持ったガードマンが警備し、その中に上層のお金持ちの邸宅やショッピングのお店があるということがありまして、郊外にそういうものがあります。下のダウンタウンでは、ここに書きましたように、刑務所人口がこのような形になっています。500万人が保護観察下にあるということで、見たら、これは長崎県ないしは青森県の人口に匹敵します。このような二極化社会がこういった不安定な社会をつくり出すということは明らかであります。
 次のところに、それでは日本はどうなのかということで少し見てみたのがこの図であります。これは勤労者の純預貯金額の推移を示していまして、アメリカは5分の1で切りましたけれども、これは10分の1ずつに切ってあります。
 そうすると、これが1995年から04年までの間の経過でありますけれども、実は、純預貯金額の推移でいえば、一番上層がやや伸びているという感じですけれども、あとは右下がりになっています。とりわけ、10分の1の階層のところを見ていただきたいんですけれども、2000年に純預貯金額ゼロになっています。そして、これはマイナスですから、預金の切り崩しに入っているということです。
 見なければならないのはこの第一階層、さっき言いました預貯金なしですけれども、この世帯主の年齢は決して若くなくて、45.4歳です。世帯数3.06人です。こういったところに今階層化、二極化という事態が進んできているというふうに見ることができます。
 それで、ここで強調したいのは、次の、日本的システムの崩壊と二極化社会というところであります。
 私は、先ほど、労働と生活をめぐる戦後的システムの崩壊というふうに話しましたけれども、重要なのは、その代替システムを構築するということが大切だということが一番強調したい点であります。
 一つは、(1)年功賃金・企業福祉による生活保障の崩壊ないしは縮減ということでありまして、先ほどの生活審議会は、個人の生活が過度に企業に依存しているという表現ですけれども、これは企業依存の生活構造というふうにとらえることができます。
 つまり、どういうことかというと、左のところは、上がブルーカラー、下がホワイトカラーの年齢別の賃金カーブです。これを見ますると、日本だけが特別な年功賃金というふうになっていまして、欧米は年齢とともに余り上がらない、フラットになっていますね。これは極めて注目すべきものだというふうに思っています。
 右はそれをモデル化したものですけれども、これは賃金の水準ではなくて上がり方です。ヨーロッパの場合は、ここの水準のフラットのところが一人前の賃金です。日本の場合は、単身者賃金から世帯主賃金へと上がるという年功賃金です。この二つの差が今大変重要になってきているわけです。
 ヨーロッパの場合は、モデル化して示しましたけれども、年齢とともに上がらない。さぞや大変だろうというふうに思われがちですけれども、生計費が上がらないような仕組み、これがヨーロッパの福祉国家における社会保障、社会政策で、住宅、教育、老後ということでベクトルを下に押し下げる役割があるということと、生計費を上げる、これが児童手当であります。このような形で、フラットになっているものに対して、これを押し下げる、押し上げるという福祉国家的機能があるということです。
 強調したいのは、これを日本は企業が肩がわりしていたということですね。この企業が肩がわりしていたものに対して、もう企業は撤退する、どうするのかということが、私は日本の政策的な中心点にならなければならないだろうというふうに思っています。
 それで、具体的に連合の公述人の方がおっしゃられたところはそのとおりでありまして、省きます。
 それと、特に(2)日本型雇用の崩壊と労働力政策という点では、これは日本の雇用の特殊な採用方式というのがありまして、さっき言いました3月卒業、4月入社です。だから、学校に職業紹介を任せていたわけでありまして、これが、もうそれこそ高校では正社員になれない人たちがいるから、結局はハローワークだとかさまざまな派遣になってしまうわけでありますけれども、この職業紹介についてもきちっとした手当てが必要だろうということ。
 二番目は、日本の企業内の技能養成システムです。
 これは、日本は特殊な技能養成の仕方がありまして、欧米は企業の外で技能を養成するということです。これが、日本で今企業に余裕がなくなった、あるいはフリーターとして技能を養成することができない、これは私はもう国家的な課題だと思います。技能を身につけることのできないような国になってはいけないと思います。
 トニー・ブレアが、エデュケーション、エデュケーション、エデュケーションと三回叫びました。先進国はどこでもITを中心とした教育に熱心です。しかし、日本のフリーターやさまざまな有期雇用に対してどこが技能養成をするんだ。これまでは企業がやっていました、企業が撤退した後どこがやるのか、このことが今重要になってきていると思います。
 最後に、トリノ・オリンピックで、一つとったようでありますけれども、振るわなかった背景に企業がスポーツから撤退しているという指摘があります。それを国家が肩がわりするというのもいかがかと思いますけれども、少なくとも、労働と生活のところで企業が撤退しつつあるということに対して、どこがどのような形で代替機能を構築するのか、それは決して小さな政府ではないだろうというふうに思っています。積極的な御論議をお願いしたいと思います。
 以上で終わります。(拍手)
○大島委員長 ありがとうございました。



○佐々木(憲)委員 日本共産党の佐々木憲昭でございます。
 公述人の皆様方、大変御苦労さまでございます。
 この国会は、格差社会、これが一つの焦点になっております。格差をどうとらえるかというのはいろいろありまして、それぞれの見解がおありだと思いますけれども、私は大変大事だと思いますのは、やはり非正規雇用というものが格差社会を考える上での一番の基本になる、かぎになるというふうに思うわけです。それは、世帯間の格差あるいは個人の所得の格差、その一番の基礎にあるだけではなくて、社会を支えていく社会保障の制度、この支える支え手といいますか、この分野をどう確保していくかということにもかかわる大変重要な問題だと思っているわけです。
 まず、逢見公述人と木下公述人に、この非正規雇用の拡大ということがどのような意味を持っているのか、この点についての認識をお伺いしたいと思います。
○逢見直人 公述人(日本労働組合総連合会副事務局長) 私は、多様な働き方がお互いに認め合える社会ということが基本的にはあるべき姿だと思います。それは、本人が希望した働き方が選択できる。特に、これから女性や高齢者の方も職場の中で活躍していただくためには、多様な働き方を認め合わなきゃいけない。そういう中に、正規雇用だけじゃない働き方もあると思います。
 ただ、問題なのは、そこに所得格差が生じている、均等待遇原則がないということが一つ。それからもう一つは、働き方によって社会保険等の適用関係が違っている、あるいは税金が働き方に対してかけ方が中立でない。これはやはり直す必要がある。
 そういう意味では、まだ均等待遇原則ということがきちんとした理念として法にはうたわれておりません。国際的には、ILO条約の中にそういったものがあるわけですけれども、日本は未批准であります。それから、税、社会保険については、働き方によってその適用関係が違う、中立的でないという問題が残っております。こうした点を制度として直すことによって、本人の選択によって多様な働き方ができる社会を築き上げていくことが必要だと思っております。
○木下武男 公述人(昭和女子大学人間社会学部教授) 非正規の働く者の増大がどのような意味を持っているのかという御質問ですけれども、一つは、先ほどもお話ししましたけれども、日本の格差社会を形成する機動力になっているということだと思います。これは現に、先ほども言いましたけれども、単に若年の問題ではなくて、やがて、30代、40代というふうに広がっていますので、これは単に若者たちの生活の困難にとどまらず、日本社会全体を真っ二つにしていく。5分の1対5分の4にならなければいいのですけれども、そういったものになっていくだろうということが一つです。
 あと一つは、無技能者の大量登場を促しているということです。これは非常に国家的な課題でありまして、このことを真剣に考えないと、今、確かに政府も大学院改革は熱心であります。それは技能のピラミッド形の頂点に位置づいているものでありまして、一国の技能養成システムというのはピラミッド形であって、もっとすそ野の広いものです。これに対してはきちっとした対応をとらなければならない、必要だと思っています。
 例えばですけれども、現に、公共職業訓練所というのもありますし、職業学校というのもあります。あるいは、民間の専門学校もあります。その三つの現にあるものを有機的に連携させながら一定の国家資金を投入すれば、日本独特の企業外的技能養成システムの、ある一端は構築できると思います。それほどお金はかからないはずです。
 ただ、学生もダブルスクールで行っていますけれども、150万か200万ぐらい専門学校はかかります。こういったものに対して、決して自己責任、自己資金ということに任せず、やはり政府が援助し、無技能者をなるべくなくしていくということが、国の将来にとっても必要ではないかというふうに思っております。
 以上です。
○佐々木(憲)委員 ありがとうございました。
 逢見公述人の方から、先ほど、非正規雇用というのが非常に社会的に重要な問題であるとおっしゃいました。選択によって多様な働き方ができるようにしていくのが望ましいと、私もそう思うんです。
 ただ、問題は、現実に一度非正規雇用のルートに乗りますと、なかなか正規雇用に行けない、これが大変な問題になっていると思うんです。労働の現場でその点をどのように感じておられるかということが一つ。
 それから、この非正規雇用が拡大してくる要因として企業側の雇用政策というのがあると思いますが、同時に、政府側の雇用面での規制緩和といいますか、派遣労働法の制定、さらにそれの緩和、その他いろいろあると思うんですけれども、こういうものが大きく作用しているのではないかと思いますけれども、その認識をお聞きしたいと思います。
○逢見直人 公述人(日本労働組合総連合会副事務局長) まず、労働市場の規制緩和について言いますと、例えば、派遣というのは一時的、臨時的に使うもの、そういうルールのもとで使えばいいんですけれども、しかし、規制改革の中で、それをパーマネントに、あるいは仕事を固定せずに幅広くという形の緩和が行われてきました。これはやはり、働き方のルールとして派遣というのをどのような形で位置づけるかということに対して、それをパーマネントなものにしていく方向というのは、私は間違っているのではないかと思います。雇用のポートフォリオというのは、必要な部分に必要なものを入れますけれども、しかし、それは固定化するものであってはいけないというふうに思います。
 それから、一たん非典型になってしまって、それが固定化していることは大変大きな問題だと思います。特に、労働を通じて能力を高める、そのことによって所得を上げていくという仕組みがあるわけですが、一たん非典型になった人たちはその手段がない、そこに固定化してしまう。そのためには、やはり企業の外にそうした能力開発を支援する機関、あるいは仕組み、助成といったものが公共政策の手によってなされるべきだというふうに思っております。
○佐々木(憲)委員 最後に、木下公述人にお伺いします。
 予算との関連で、今、所得格差の問題が議論になりましたが、例えば定率減税の全廃という方向が出されていますし、あるいは高齢者負担をふやすという方向が出されております。現実のこの社会の格差を、本来ならば底上げをして、それを縮小していくというのが政策の基本でなければならぬと私は思うんですけれども、現在出されている政府の予算というのはどうもそれに逆行するのではないかという感じがしますが、木下公述人の御意見をお伺いしたいと思います。
○木下武男 公述人(昭和女子大学人間社会学部教授) 税制そのものについては詳しくありませんので、違った角度からお話ししますと、今、予算上最も必要なのは緊急性だと思います。
 先日の新聞ですけれども、若者たちは、ゲストハウスといいまして、寮の社宅を売り払って、言うならば集合住宅にしているんですね。そこで、月5万円、1部屋、6畳で暮らしています。そして、共有のスペースもあります。あるいはさらに、レストボックスといいまして、雑居ビルに3階建てベッドをつくって、1泊1480円です。これはもう明らかに、若年ホームレスの登場は時間の問題です。こういうものに対して、若者に限定した家賃補助をするとか住宅援助をするだとか、私はそういう方向に税を使うべきだと思います。
 先ほど強調したのは、90年代からこうなったとか2000年からこうなったというよりも、この3、4年、労働社会は激変しています。ここに緊急の予算投入をしなければ、若年ホームレスだとかさまざまな社会現象はもう時間の問題です。早く手を打たないと大変な現象があらわれることは確かです。だから、ちょっと答弁はあれですけれども、そういうところに積極的に予算投入をしていただきたいというふうに思っております。
○佐々木(憲)委員 ありがとうございました。

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