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奮戦記

【14.03.11】東日本大震災と福島原発事故から3年

 東日本大震災と福島原発事故から3年が経過しました。あらためて犠牲になられた方々にたいし、衷心よりお悔やみを申し上げます。また、被災者の皆さんに心からのお見舞いを申し上げます。

 私は、地震が発生した2011年3月11日には国会におり、衆議院第2議員会館の会議室でおこなわれていた重税反対全国統一行動の中央集会に参加していました。14:30から約10分間の挨拶をして退席し、衆議院第1議員会館の私の事務所に戻りました。

 そのときでした。突然、事務所のスタッフが「いまから地震が起こるという警報があった」というのです。その直後、14:47過ぎに、建物全体が突然大きく揺れはじめました。
 その揺れは、ゆったりとしたものでしたが大変大きく、議員会館の建物全体がギシギシと音をたてるような状態でした。ますます揺れが大きくなり、立っていられない状態になりました。あわててドアを開けて逃げ口を確保し、机の下にもぐり込みました。

 NHKで中継していた参議院決算委員会は質疑を中止し、総理大臣はじめ閣僚が官邸に戻りました。
 私の事務所は、議員会館の11階にあり、窓から官邸がよく見えます。揺れが一端おさまったころ、見下ろすと、次々と黒塗りのクルマが官邸の門をくぐり、クルマを降りた人々があわてた姿で官邸内に走り込んでいました。

 テレビを見ると、津波が東北各地を次々と襲うようすが生々しく報道されていました。たいへん、ショッキングな映像でした。
 被災された方々が、あの時どんなに悲惨な状態に置かれ、その後どんなに悲しく苦しい状態に置かれたか、それを思うと胸が締め付けられます。

 あれから丸3年が経過しました。しかし、いまだに27万人を超える被災者が避難生活を余儀なくされています。いま必要なことは、住宅、生活と生業を取り戻すために、抜本的な対策に取り組むことです。

 「期限が来たから」という理由で、医療や介護を打ち切るようなことは絶対にさせてはなりません。原発事故被害者にたいして、東電と国は上からの線引きで格差を持ち込み切り捨てようとしていますが、とんでもないことです。すべての原発被災者に東電と国が等しく支援すべきです。
 私も、そのために全力で奮闘することをお約束します。  

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