奮戦記
【01.08.16】予算委≪中東調査≫報告�ゥぅ薀�・バグダッド
8月16日(木)
●09:00 ラマダーン副大統領
───総大理石の内閣府のなかで。副大統領は次のようにのべた。「イラクは、アメリカ、イギリス、日本との新しい関係を考えていきたいと思っている。日本は、イラクとの関係を真剣に見直してもらいたい。イラクは開かれた国だ。議会、政府、政党の訪問を歓迎する。イラクは拒否していない」。
───バアス党の制服であらわれた副大統領は、イラクのナンバー2といわれる人物だけあって、かなりの威圧感がある。握手してもニコリともしない。ズバリと話をする。1960年代に陸軍准士官になったラマダーン氏は、ナーシリーヤで2年間にわたって逮捕・拘禁され、89年まで20年間にわたって、人民軍司令官をつとめた。その後、閣僚を歴任して94年から副大統領。激動の内外情勢の中で、死線を越えてきた政治家のすごみがある。
<ラマダーン副大統領>

●10:00 アジズ副首相
副首相は「私は、外務大臣のとき日本に2回行った。日本は、軍事行動にこそ参加しなかったが、イラクに対するアメリカの攻撃を支持した。日本はもともと敵対心をもっていなかったはずだ。『遅くやってきたときには何もない』という諺がある。しかし、あなたがたは遅れてきたが良いことだ」と述べた。
これにたいして団長はこう言った。「各政党の代表がきている。日本には“最後に出てくる役者は良い役者だ”という言葉がある」。
───アジズ氏は、湾岸戦争時代に外務大臣を務めるなど、テレビにも良く出ていたので皆知っている。太い声でしゃべる重厚な人物だ。
<アジズ副首相との会談>

<バグダッドの街の様子>

●13:00 アーメリーヤ・シェルター(防空壕)跡を訪問
───アメリカの巡行ミサイルで、誤って攻撃された防空壕。子どもと女性ばかりが入っていた。避難していた422人のうち、生存者はわずか14人。アメリカは、4日後に誤爆だったと正式に謝罪した。天井の弱い部分を攻撃して穴をあけたあと、もう一度ミサイルを命中させ壊滅的な打撃を与えた。壁にはられている被害者の写真は、すべて子どもと母親の写真ばかり。
爆撃で吹き飛んで天井に張り付いた手のあと、爆弾の高温熱射で壁に写っている人の影など。目を覆いたくなるような惨状。
<巡航ミサイルであいた防空壕の穴>

<犠牲になった子どもや母親の写真>
●15:00 ラシード石油相
───冷房がまったく効いていない部屋での会談だった。大きな扇風機が回っているが涼しくならなかった。
<ラシード石油相との会談>

≪17日につづく≫