<参考リンク>
志位委員長が公表した鈴木宗男議員とロシア外務次官の会談記録
日本共産党の志位和夫委員長が3月19日、記者会見して公表した文書、鈴木宗男衆院議員とロシュコフ・ロシア外務次官の「会談記録」(2001年3月5日)の全文は次の通りです。
<「会談記録」につけて届けられた前文>
昨年3月5日に行われた鈴木宗男議員とロシア外務次官の会談記録をお送りします。この記録は当時の佐藤主任分析官が保管する書類の中から昨年入手したものです。この記録からも明らかなとおり、鈴木議員と東郷局長は政府の基本方針に反するメッセージをロシアに伝えていた一例です。内容からもお察し出来ると思いますが、この記録は外務大臣にも官房長官にも報告されませんでした。また、外務省にも正式な記録は残っていません。
<「会談記録」の本文>
5日、鈴木衆議院議員(自民党総務局長)は、日露専門家協議のために訪日中のロシュコフ外務次官及びパノフ在京大使と会談を行ったところ次の通り(先方:イリシェフ在京露大書記官、当方:東郷欧州局長、小畑同席)。
(鈴木議員)たった今、ロシアとの経済関係において日本側の窓口をしているJBIC(注・国際協力銀行)の総裁と会談をしてきたところである。会談には、ロシア担当の丸川理事も同席しており、JBIC側もロシア側と積極的に作業を行っていきたいとの考えを有している。なお、丸川理事は、頻繁にモスクワを訪問するので、同人がモスクワを訪問する際には、貴次官も一度会談の機会を持たれるのが良いのではないかと思う。というのは、経済関係においては、ロシア側では財務省が窓口であることは承知しているが、外務省も関与していた方が将来のために良いのではないかと思われるからである。
(ロシュコフ次官)ご助言に感謝。自分は同人がモスクワに来られた際には会う用意がある。
(鈴木議員)本日は良い協議が行われたか。
(ロシュコフ次官)我々は、友好的な雰囲気の中で協議を行った。しかし、意見の一致を見いだせなかった。我々は、良い雰囲気で、また良き同僚と協議を行っているのに、意見の一致が見られないという矛盾に身を置かれている。このため心の中で葛藤を感じており、残念である。
(鈴木議員)貴次官にお願いしたい。25日のイルクーツク首脳会談においては、是非とも良い成果を出していただきたい。是非とも未来志向で、前向きな形で成果を出していただければ、これは、日露関係全体はもちろんのこと、貴次官と同席の東郷局長、パノフ大使と東郷局長、そして自分と貴次官との個人的な良い関係を更に進展させることになる。是非とも、ロシア側の立場も汲み取って、また日本側の名誉と尊厳も考慮していただいて、日露双方が良かったと思えるような解決に繋がっていくような道筋をつけて欲しいと思う。
日本には、冷戦時代の言葉を使って領土問題の議論をする人もおり、またその様な人たちをバックアップする人もいる。しかし、自分や東郷局長は弾力的な姿勢でロシアとの関係を考えていきたいという立場であり、このような姿勢でパノフ大使とも働いている。自分は、このような流れを止めたくない。明日、飛行機に乗るまでにまだ時間があり、まだ話し合う時間があるので、是非、日本側と協議して纏めて欲しいと思う。
本日の専門家協議については、まだ東郷局長より報告を受けていないが、いずれにしても、昨年9月の訪日の際にプーチン大統領が56年の日ソ共同宣言の有効性を認められる発言をされており、自分は、そこには重要なヒントとアイデアがあると考えている。ソ連、ロシアを通じて初めて日ソ共同宣言を認めたプーチン大統領の決定に基づき、是非未来志向で前向きな姿勢で問題の解決にあたって欲しい。ここで尋ねるが昨年12月にお渡ししたノンペーパーでは駄目なのか。
(ロシュコフ次官)これまで日露関係において激しいうねりが生じてきた。我々が会談した12月以降、我々を取り巻く状況は良くない方向に進んだ。11月以降、ロシアの内部ではノンペーパーに基づいて作業を継続して良いと考えた。イワノフ安保会議書記より、外務省を通じて今後のやりとりを行っても良いとの立場が示された。その後、両国関係において緊張が生じ、ロシア側内部で根拠のない怒りが持たれるようになった。即ち、日本側の一連の要人の発言が、ロシアの指導者達に疑念を引き起こすことになった。こうした発言が日本側要人によって行われ、自分(ロシュコフ次官)に対して「日本側はこんなことを言っているぞ」と指摘され、自分はそれに対して何も言えないということもあった。日露関係に不透明な時期が訪れたのである。また両国の関係を悪化させるような動きも現れた。即ち、日本との間では如何なる協定も結ぶことを許さないような雰囲気、状況が生じたのである。その中で、我々は、両国関係が後退していると解釈しうるようなシグナルを日本側から受けるようになった。自分は、モスクワで丹波大使とも話し、日本側が姿勢を厳しくするなら、ロシア側の姿勢も厳しくなると伝えた。しかし、その様なことは両国関係を袋小路に陥れるだけであり、それは関係を改善させる機会を減少させるだけである旨述べた。
かかる中で、森総理がプーチン大統領に対して電話会談を申し込まれたとき、我々はその内容を直ぐに予測出来た。そして、電話会談が行われ、ホッとしたのである。自分は、森総理は、純粋に国益を考える指導者であり、総理の電話会談の申し入れという決定は正しかったと思う。我々は、現在、25日にイルクーツク首脳会談を行うとの方向性でしっかりと作業を進めている。無論、状況は複雑であるのは理解するが、ここで、貴議員を信頼して次のことを知っておいて頂きたい。プーチン大統領は、森総理が総理というポストにはいなくともイルクーツクで会われる意向である。
いずれにしても、ここ数ケ月間に毀損された「誠実な日露関係」を修復する必要がある。このため、我々は激しい行動に出る必要性はなく、とにかく、イルクーツク会談を実現させることが重要であると思う。首脳会談で発表される共同声明においては、56年宣言が基盤となることを言いたい。この共同声明によって、今後の日露間の対話のあり得べき方向性が示されるのではないかと思う。無論、早期に問題を解決するのは不可能である。首脳レベルでの重要な政治的決断につき諮るには、それに先立ち実務レベルでかなり作業を行っておく必要がある。イルクーツク共同声明について、56年の日ソ共同宣言の意義だけを強調するのではなく、今後の専門家協議の作業を促進させるための重要な弾みを与えることも重要な成果となりうるであろう。無論、世の中が急速に変遷しており、このため早期に問題が解決されることが望ましいが、しかし、奇跡は起こり得ない。日本、ロシアという国家がそれぞれこれからも存続していく以上、両国が守ろうとする利益もそのまま存続されていく。今後の両国間の対話は、それぞれの政局の情勢に影響を受けざるを得ないが、かといって政局に左右されてはならない。
日本の要人の発言に対して外務省としては反応したが、大統領よりは反応が為されることはなかった。発言内容そのものは深刻なものではなく、あえてそれに気づかない振りをすることにした。
(鈴木議員)ロシア側内部の事情に関する詳細な御説明に感謝。福田官房長官は、問題の発言を夜の番記者との記者懇談の中で行ったのである。自分は、翌日の記者会見でその発言を訂正させた。福田官房長官は、会談ではなく、「怪談」という遠回しな言い方で否定していた。そもそも福田官房長官の発言など気にする必要もない。
(ロシュコフ次官)誰であれ、一定の地位にいる人が何らかの発言を行う場合、我々は、その人の地位よりも、それが日本の総理の、日本全体の考え方を反映したものなのか、という点に関心がある。
(鈴木議員)問題の発言報道が流れた後直ちに森総理自身がこれを否定した。
(ロシュコフ次官)勿論、自分は森総理自身が否定したことに依拠して、関係者に対して説明した。他方で、言論の自由もあり、やむを得ないこともあるし、また勝手な発言を行っておいて、後でそれを取り消す人もいる。
(鈴木議員)先の橋本大臣の発言に対しても自分は不満に思った。このため、河野外相に政府の一貫した立場の説明を求めた。恐らく、橋本大臣は、根室市を訪問し、旧島民の声を聞いてあのような発言をされたのであろう。橋本大臣は、自分(鈴木議員)が所属する派閥の指導者であるが、それでも駄目なことは駄目だという立場で橋本総理に意見したのである。今は、ロシアの立場も考え、日本の名誉と尊厳も考えて貰い、柔軟性をもって、段階的に問題の解決を進めて行くべきである。そのために自分(鈴木議員)も一定のリスクを背負ってかかる立場を貫いているのである。
ここでロシュコフ次官にどうしても要請したいことがある。詳細な議論は、専門家に任せるが、20世紀に何処まで日露関係が前進したかということを纏め、未来志向で今後の日露関係の流れを作っていくための道筋を作って頂きたいと考える。まず、56年宣言を明記すること、これは大きな前進である。
(ロシュコフ次官)東郷局長は、56年宣言を記述するために個別の条項を設けようと提案したが、これはかなり進んだ措置である。これは実質的にあり得べき道筋になると考える。
(鈴木議員)56年宣言を明記すること、そして出来れば、無人島であり日本側に渡してもロシアが損することはないであろう歯舞群島を日本に渡し、また面積は狭く、なくなってもロシアの国益を毀損することはないであろう色丹島を日本側に渡し、国後島、択捉島については継続的に協議を行って結論を出す、それも、そのことが日露双方がそれぞれの世論に説明が出来るような解釈を可能とする文案を是非知恵を出して作りだして欲しいと思う。
(ロシュコフ次官)ロシア国民の大半は、56年日ソ共同宣言や国後島や択捉島の違いを知らない。我々は、ロシアの国民世論を教育することが必要である。戦後50年間に亘り、日ソ共同宣言は言及されなかったのであり、従ってそれを明記するというだけで前進である。そして日ソ共同宣言に基づいた議論というものが可能であるということを政府、国民に対して示す必要がある。プーチン大統領は、56年宣言がロシアの立場に害を与えないことを示した。しかし、それに基づいて如何に解決をしていくかということを決定するにはまだまだ時間がかかる。現在日本とロシアは、56年宣言の各条項について話し合いを行っている。これすらも数年前には考えられなかったことだ。自分は出来る限り56年宣言について話を継続していきたいが、それも国民感情等の状況を見ながら話していくことが重要である。今は忍耐が必要である。他方で、これまでに日露両国は大きな前進を成し遂げたのであり、これを認める必要がある。森総理は、昨年から本年に至る1年の間に、日露関係の前進に大きく貢献された。プーチン大統領は、森総理を尊敬している。
(鈴木議員)森総理もプーチン大統領に好意を抱いておられる。森総理は、プーチン大統領の立場を理解しているし、ロシアの名誉と尊厳を尊重する必要性も理解しつつ、日本の名誉と尊厳も尊重して欲しいと考えておられる。森総理は昨年5回もプーチン大統領に会われた。25日のイルクーツク会談で、森総理とプーチン大統領に歴史的な成果を上げさせてやりたいと考えている。
なお、ざっくばらんに言えば、河野外相は、1月の訪露の前に橋本元総理から誤ったアドバイスを受けられ、外相会談で少し強硬な姿勢を取りすぎたようである。これについては、森総理が自分(鈴木議員)に述べていた。
ちょうど1か月前に本国から日本に帰任したパノフ大使より自分は率直な説明を受け、自分は、森総理とプーチン大統領との電話会談をタイミングを見計らって実施する必要があると考えていた。森総理もいつでもプーチン大統領に電話する用意があると述べていた。このため、東郷局長とも緊密に協議を行いながら、森総理とプーチン大統領との電話会談を実施した。
自分は、ロシアは共産主義時代のソ連ではなく、民主主義、自由主義を掲げる国家であり、信頼に足る国家であり、このような考えをもって今後ともロシアとの関係を発展させていきたいと考えている。
(ロシュコフ次官)貴議員のおかげで多くのことが成された。貴議員のおかげで、ロシアの多くの政治家等が、日本はロシアにとって重要な国家であることを理解した。貴議員がモスクワや東京で会っていない要人はいないのではないか。プリマコフ国家院議員(元首相)が来週やってくるが、同人は非常に独特な考えの持ち主であり、会われれば、非常に興味深い会談が出来るのではないか。同人の改革派のみならず、保守派、及び我々政府関係者に対しても多大なる影響力を有している人物である。
(鈴木議員)今回プリマコフを招待している日本側の安保研は、困った組織である。実は、自分は、プリマコフ元首相の重要性に鑑み、日本政府の賓客として招待することを安保研に提案したが、安保研はこれを拒否した。自分は、プリマコフ元首相のような人物は、一民間団体よりも、日本国の客として招待するのが相応しいと考え、親切心で安保研に提案したのだが、断られた。
(ロシュコフ次官)末次氏は、プリマコフの旧友であり、その点は尊重すべきであろう。同時に、プリマコフ元首相は、政府の関係者を始め、いろいろな方々と話し合いを行うべきであろう。そうすれば、日本の立場、事情を理解して、ロシアに帰国し、関係者にしっかりと説明が出来るであろう。
(パノフ大使)例えば、自分が安保研のプログラムとは別にプリマコフ元首相をレストラン或いは大使館に呼び、そのとき貴議員に御出席いただくというのはどうだろうか。
(鈴木議員)それは良いと考える。またプリマコフ元首相と総理、外相との会談をアレンジするかどうかという問題もある。
(パノフ大使)無論、それは望ましいが現状に鑑みれば難しいのではないか。いずれにしても、首相、外相を歴任したプリマコフ氏ほどの人物が如何なる形で訪日するにせよ、政府の関係者とも会えないといった待遇を受ければ、本人としても理解できないであろうし、我々も説明しにくい。まして、彼は日本通であり、東洋の思想を理解できる人物なのである。河野外相とは会談しても良いのではなかろうか。プリマコフも外相経験がある。
(鈴木議員)今述べられたことが、パノフ大使とロシュコフ次官の共通認識であれば、自分は全力を尽くす。皆様の希望することは何でもやるつもりである。
(ロシュコフ次官)感謝する。本日はお忙しい中会談の機会を設けていただき改めて御礼申し上げる。
(鈴木議員)こちらこそ感謝したい。